土曜日の朝に新幹線に乗って、 おじいちゃんのいる福井県へ行った。
天気は晴れ。会うのは去年の手術以来。
家へ行くと、私が着く2時間も前からまだか~まだか~
と、うるさかったらしい。
お出迎えといって、足代わりの腕で歩いてきてくれた。
そう、おじいちゃんは足が2本ない。
手術で切ってしまった。
手術の後は、
イタイ、イタイと暴れて病院のベットにしばられたり、
看護婦さんの手に負えなくて家族を呼ばれたり、
いろいろと、かなり手がかかった。
でも、皆の笑顔に囲まれて、皆に愛されて、
休みの日には誰かにどこかへ連れ出してもらってるらしい。
そんな時も右へ~左へ~とたまにダダをこねるけど、
愛されてるから言うんだろうと思う。
おじいちゃんは私のことを好きだと言ってくれて、
お前の顔を見たら明日逝ってしまっても何も恐くないと言う。
私がおじいちゃんの存在を知ったのはワケあって
中学生の時だった。
ほかの親戚に比べればつきあいが短い。
でも、お前は冗談がわかるからいい!
と言って、白内障の進んだ目で私をのぞき込む。
頭をなでる。
子供に戻る。もう26歳になるのに。
84歳の前では…完敗。
元気そうに悪態をついては笑うおじいちゃんに
最近異変があるらしい。
今度は腕がしびれてきたんだそう。
次は腕を切らなくちゃかなぁ…とみんなが話す。
おじいちゃんは今度切らなくちゃいけなくなったら
放っておいてとお願いする。
切なくなった。
いなくなって欲しくない人がそんなお願いを私たちにする。
生きていて欲しい。と思う。
けど、生きるって…と思う。
人間らしく。そういうことだろうか。
現実をみた。
東京に帰ってきたら田舎のリズムが嘘みたいで、
電車に乗るのに急いで、切符を買うのに並んで。
一瞬「人間らしく」を忘れそうになった。
おじいちゃんより、忘れてたのは私の方かな。
いつまでも私の事を忘れないでいて欲しいと思った。
また会いたい。