今頃になって昔の書評をまとめる作業。
ネグレクトの母親と共に、ガラクタに埋もれた屋敷で暮らす少女。家族以外の人間は「ノック人」だから信用するなという母親の言葉に従って孤独に生きている。少女ならではの内に閉じた世界観によって、まるでおとぎ話のような独特な雰囲気がある。重いテーマだが、社会問題を扱った小説ではなく、現代を生きるひとりの少女の成長物語。
長編なのに短編小説のような切れ味がある群像劇。それぞれの1日の出来事が鮮やかに切り取られる。人と人とがゆるやかに繋がって、視点が移っていく。物語は終焉を迎えることなく、終焉と思ったものは始まりとなる。その人の全てを理解することなどできないという前提で、けれどその人のことを思うことのかけがえのなさが胸に沁みる。
不定期に訪れる強烈な偏頭痛。その痛みをやわらげるため、過剰に薬物を摂取して病院に担ぎ込まれる。そこで受ける精神鑑定で、常習犯であることを隠し、正常と診断されるために主人公は「曲芸」を使う。医者のカウンセリング技術を完全に把握していて、あらゆる会話を計算し尽くして答える。この精神鑑定の息詰まる駆け引きと、文書偽造という「曲芸」を使って生き延びてきた主人公の波乱の人生が平行して描かれる。文書を偽造し、自分を偽造する主人公の「曲芸」は鮮やかであるがゆえに、その人生は痛ましく悲しい。
日本大好きのフランス人が書いてベストセラーになったという哲学小説。いかにフランスで日本文化が好まれているか、どのように日本文化が解釈されているかなど、興味深い。日本人が知らない日本に驚きの内容。コージー系が好きな人向け。
話題の本。『そして粛清の扉を』みたいに、担任教師が生徒に復讐するだけの物語かと思いきや、章ごとに主人公が生徒やその母などに毎回変わり、前章までに描かれていた物語が視点を変えればまったく違う意味を持つ物語へと書き換えられていく。それは読者の持つ、善悪に明確に分けられないボーダーライン上の道徳観を揺さぶってくる。「どこまでが許されるのか」。それは自分自身がその相手にどこまで共感できるかという、きわめて主観的な判断に依存していることを身を持って思い知らされる。次回の本屋大賞ベスト3入りは手堅い傑作。
細野晴臣が鈴木惣一朗を聞き手に、人生や音楽について語るという内容。重鎮とは思えない軽妙な語り口。様々な苦労を重ねた上での飄々として人生観。とにかく会話が楽しそうなのが読んでいて気持ちいい。飲尿療法と快便の話の衝撃は後から効いてくる。
神の独白ではじまる。その声が聞こえる少女の視点になり、その姉、母、父と視点が入れ替わりながら物語が進んでゆく。日常はくだらなさに溢れている。真剣な問題とは馬鹿馬鹿しい問題と表裏一体であり、そのくだらなさの中でグダグダになりながらも、生きることに懸命な人の姿が描かれていく。ここでは、真理や真実の権化である神すらも、そのくだらなさに飲み込まれて、グダグダになる。真剣な問題がくだらなさに飲み込まれるというのは前田司郎の小説に一貫して描かれるテーマだ。そのくだらなさとグダグダの中にこそ生きている手触りと実感を見出して行く。
ブログからの書籍化。ほとんど読んでいるものだったが、それでもやっぱり面白い。







