ブッカー賞受賞作。ひとりの女性が死ぬ。そのことをきっかけにして、彼女の元恋人たちの人生が大きく変わる事件が起こる。元恋人は3人いて(旦那は別にいる)、そのうちの2人で、親友同士でもある作曲家と週刊誌編集長が主人公。知性と理性を持ち合わせ、成功者としての自分の地位をさらに押し広げ、華麗なる勝利を思い描きながら立ち回っている彼らの姿が交互に描かれるが、もうひとりの視点からみれば、それはモラルを失ったエゴイストでしかない。誰もが持つ人間がゆえの救いの無さを剥き出しになる。200ページとは思えない読み応え。
蜂飼耳につづいて女性詩人のエッセイを読んだが、どちらもエッセイという「軽い読み物」的なイメージとは違って、真っ直ぐに世界を揺さぶりにくる。僕には見えない日常の奥を覗き込み、何かを掴み取ってくる。そして、詩人の人は生きづらそうだなと思う。講談社エッセイ賞受賞作。
半年かけて、眠る前に少しづつ読んだ。気になる言葉に付箋をつけていたら、めっちゃ分厚くなった。多すぎてよくわからない。「幸福は人格である」「流行が横の模倣であるとすれば、習慣は縦の模倣である」「感情は多くの場合客観的なもの、社会化されたものであり、知性こそ主観的なもの人格的なものである」「社会の基礎は契約でなくて期待である」「各人はいわば一つの仮説を証明するために生まれている」など書き出すと切りがない。何度でも読み返したい本だ。
佐々木敦がスタジオボイスで連載している、文芸誌を全て読んで書いている書評を中心とした内容。この連載を読んでから近頃の純文学に興味がでて、手にとるようになった。僕にとっては、よくわからなかった純文学の楽しみ方が書かれていて、とても勉強になる内容。読んでいない本の批評など僕は理解できない部分も多いけれど、それだけにもっと深く知りたいと読書欲を刺激的される。
今さらながら保坂和志を初めて読んだ。物語としての筋が特になく、日常の断片が積み重ねられる。最近の文学にこういうのは多いけど、保坂和志の影響なのだろうかなと思う。何かをしている人を撮影するのではなく、それを見ている人を撮影するという登場人物がでてくるが、まさにそんな小説。何かする人たちがいて、それを見る人たちがいて、その間に流れる曖昧な時間や空気が描かる。日常は過ぎてゆくが、物語と呼べるものは生まれない。全てが曖昧なまま過ぎてゆき、そこに意味を見いださない。見事なまでにプレーンだ。







