数字は僕の友だちで、いつもそばにある。ひとつひとつの数字はかけがえのないもので、それぞれに独自の「個性」がある。11は人なつこく、5は騒々しい、4は内気で物静かだ(ぼくのいちばん好きな数字が4なのは、自分に似ているからかもしれない)。堂々とした数字(23,667,1179)もあれば、こぢんまりした数字(6,13,581)もある。333のようにきれいな数字もあるし、289のように見映えのよくない数字もある。ぼくにとって、どの数字も特別なのだ。
このように数字に対して色や形や感情が浮かんでくることを「共感覚」と呼ぶらしい。ダニエル・タメットの掛け算の方法は、たとえば53だとダルマのような形になっていて、131は瓢箪のような形をしているから、その答えはふたつの図形の間にできる空間の形があらわす数字となって導きだされる。
サヴァン症候群はこうした特別な能力を持つ人のことを言うのだが、それはアスペルガー症候群の患者に多く見られ、ダニエル・タメットもその一人だ。この本は彼の自伝的な内容となっている。
いまでも、人の言葉を聞いて、すべての単語とその細部まで完全に理解できても、それにふさわしい対応ができない。たとえばある人がぼくに「コンピューターで原稿を書いていたら、押すつもりのないキイを押してしまい、全部消してしまった」と言ったとする。ぼくの頭のなかでは、その人が押すつもりのないキイを押してしまったこと、そのキイを押したときに原稿を書いていたことはわかる。しかし、そのふたちの発言をつなげて全体像(つまり原稿が消えてしまったこと)を思い描けない。
(中略)
たとえば、「7×9は」と先生がぼくを見ながら言ったとする。もちろん、答えが63なのはわかっているのだが、それを声を出してみんなの前で言うことを求められていることがわからなかった。
どのタイミングで相手に返事をすればいいか、ということがぼくいんは直感的にわからない。
(中略)
校庭にいるとき、男の子のなかには、ぼくにところまでやって来て、ぼくの真似をして手をひらひらさせてみたり、ひどいことを言ってからかう子もいた。近くに寄ってこられると、その子の息を肌で感じてとてもいやだった。それでぼくは、硬いコンクリートのグラウンドにしゃがみ込んで、両手で耳を覆い、みんながいなくなるのを待った。極度の緊張を感じたときには2の累乗計算をした。2,4,8,16,32,……1024,2048,4096……131072,262144,1048576。数字が頭のなかで見える形になると、気持ちが鎮まった。
生まれ育った家庭で両親に守られながらの幼少期を過ぎ、孤独に苦しみながらの学校生活、やがて自立をしいくダニエル。日常生活のなかでですら困難が多く、他人と上手く打ち解けることができず、それでも一歩づつ前を向いて歩いていく。その傍には彼を支える両親や友人、パートナーたちの姿がある。
黙々と噛み締めながら読んだ。天才的な能力の持ち主だが、それ以前にひとりの人間として生きていく上に悩み苦しむ部分があり、それらを乗り超えて成長していく姿に、共感をし感動をおぼえる。
■アスペルガー症候群、自閉症を扱った本たち
| Amazy | |||




