短編集の単行本『みんな元気』が文庫化の際に『みんな元気』『スクールアタックシンドローム』の2冊に分かれた。単行本は読んだけど、こちらには書き下ろし作があったので購入。せっかくなので再読。
表題作の『スクールアタックシンドローム』はソファの上でゴロゴロと数ヶ月過ごしている(やっと起き上がり病院に行く気になった)父親が主人公。高校生の息子(離婚した嫁の元にいる)が世間で流行の学校襲撃事件の影響で、なにやらノートに殺すリストをつくっていると相談をうけ、病気のためか本人の性格なのか常識のない理屈で(自閉症的な性格っぽい。舞城作品にはこういうのがよくでてくる)、先生や警官と衝突しながらも、息子の気持ちを分かろうと、自分勝手な理屈なりに苦悩するという物語。
殺伐とした空気のなかを、伝染してゆく暴力。日常が壊れてしまう危うさと、壊れているにもかかわらず垣間見える救いが入り混じり、それを肯定しているようだけれど、読み手としては受け入れがたく、胸がザワザワする感触は舞城作品特有の読み心地だ。
『我が家のトトロ』では仕事を辞めて医者を目指すことに決めた父親とその妻と娘。飼っている猫が「トトロ」だと言いだす娘の心の内を思いながら、浪人生活の自分を見つめ直す。誰もが求める特別な存在について見つめていく作品だ。
書き下ろし『ソマリア、サッチ・ア・スィートハート』は悲惨で凄惨で希望を絶望で踏みにじる物語だ。ソマリアの内戦に行き損ねたフリーのカメラマンは、生まれた娘に杣里亜と名づけて交通事故で死ぬ。杣里亜はソマリアのように救いのない地獄のような家庭で成長していき、やがて中学生となるが、学校でも悲惨な状況は変わらない。ここでも暴力は伝染をして、増幅されてゆく。悲鳴と号泣と懇願と怒号が入り乱れ、それは蓄積されてソマリアのようにそれは延々と続いてゆく。
暴力が蔓延する世界を描きながら、読んでいてウツな気分になりながらも、僕は舞城王太郎の世界が嫌いではない。たぶん舞城は世界を人間を肯定しているからなのだろうなと思う。そこに居場所がある。
★★★★★
■舞城作品
| Amazy | |||||


