『「わからない」という方法』橋本治/集英社新書 | 砂場

砂場

本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。

橋本 治
「わからない」という方法


小説から編み物の本、古典の現代語訳から劇作・演出まで手がける橋本治。彼がなぜこんなに多様なことができるのか。それは「わからないから」だと言う。橋本治がどのように「わからない」を出発点として、そこからどのように仕事を成し遂げてきたのかを詳しく説明しながら、「わからない」を方法とするやり方を理解していこうという内容。「わからない」から「わかった」に辿り着く過程こそが「わかる」であり、「わかった」よりも「わかる」ことが重要なのだということが書かれてある。

僕もわからない事がたくさんあるので、この本はとても勉強になった。ただ、前半部分の理論的な部分は感心しながら読んでいたのだが、橋本治が実際に「わからない」から始めた仕事が「わかった」まで辿り着く話を読んでいると、すごいと感心するよりも、ただの自慢話のような印象が拭えなかった。テンションを下げつつ読み進めて、残り15ページを過ぎたところに落とし穴があった。

もしかしたら、この『「わからない」という方法』なる本は、『知性する身体』というタイトルで書かれるべきだったかも知れない。

え?と戸惑っているうちに、『知性する身体』のまとめが述べられて、この本は終わってしまう。

「私に重要なものは、身体と経験と友人で、それがなければ、脳味噌の出番なんかないのである。身体とは「思考の基盤」で、経験とは「たくわえられた思考のデータ」で、友人とは「思考の結果を検証するもの」である。身体と経験と友人の使いようが、「わからない」を「方法」とする。

てっきり「わからない方法」について書いてあると思っていたから、そういう視点でしか読んでいない。『知性する身体』のほうが大事なら、そこをもっと書いていただかないと…。なんとなくわかった気になって読んでいたら最後の最後でケムに巻かれて終了。

だが、この本の構成を考えると、僕のような読後感こそが狙いだったのではないかと思う。なぜならこの本は「わかった」と思うことが目的ではない、「わからない」を方法とする本だからだ。読み手は本を読み終えて「わかった」というゴールに辿り着くのではなく、「わからない」というスタート地点に立つことになる。

「わからない」というスタート地点に立つための言葉たちを、以下に抜粋

「自分はどうわからないのか?」――それこそが、「わかる」に至るための、"方向"である。その"方向"に進むことだけが、「わからない」の迷路を切り抜ける「方法」である。「自分はどうわからないのか?」――これを自分の頭に問う時、はじめて「わからない」は方法となるのである。
…橋本治が使う「身体」と「脳」の意味が僕が日頃使っている意味と違うからわからない。

「わからない」をスタート地点だとすれば、「わかった」はゴールである。スタート地点とゴール地点を結ぶと、「道筋」が見える。「わかる」とは、実のところ、「わからない」と「わかった」の間を結ぶ道筋を、地図に書くことなのである。
…啓蒙書が実際には役に立たないのは、これが理由。

「どこにも正解はない」という"混迷"の中で二十世紀は終わり、その"混迷"の中で二十一世紀がやってきた――そう思ってしまったら、もう二十一世紀は終わりだろう。「わかる」からスタートしたものが、「わからない」のゴールにたどり着いてしまった。これが間違いであるのは、既に言った通りで、であればこそ二十一世紀は、人類の前に再び現れた、「わからない」をスタート地点とする、いうとも当たり前の時代なのである。
…混迷の時代というネガティブで無意味な言い回しではなく、ポジティブに当たり前と言い切っている。

「へん」と「へんじゃない」とは、一人の人間の中に同時に存在するものである。「へん」とは「他人の目」であり、「へんじゃない」とは「自分の目」である。そして、「へん」と「へんじゃない」との差がそういうものでしかない以上、このどちらか一方を捨てて一方だけを取るということはありえない。自分のことを「へん」だとしか思えない人間は、「自分の目」を捨てているのである。自分のことを「へんじゃない」としか思えない人間は、「他人の目」を捨てているのである。
…養老先生が著書で『感覚の世界は「違い」によって特徴づけられる。概念の世界は、他方、「同じ」という働きで特徴づけられる。外側の世界は全てを「違う」と認識して、内側の世界は全てを「同じ」と認識する。』と言っている。他者の目というのは外側の世界だから「違う」ということで「へん」になり、内側の世界は自分の目なので「同じ」だから「へんじゃない」となるのだろう。
このテーマは最近読んだ本によくでてきた。長田弘の本では『読書というのは「育てる」文化なのです。対して、情報といのは本質的に「分ける」文化です。』と言っていて、これは情報が外側の世界で、読書を内側の世界とみているからだろう。福田和也が『「理想」と「写生」を対比させたとき、正岡子規は、「理想」が月並み平凡であり、「写生」は多様多彩だというのです』と説明しているのも、同じ視点から発展したものかと思う。

二十世紀の活字文化は「正解」と思われるものを供給し続けていた。しかし、「どこかに正解はあるはず」というのは、二十世紀の錯覚である。活字文化は、その「正解」の存在を信じて、大量の本を供給し続けて来たが、その供給がある程度以上のレベルに達した時、「"正解"があるというのは幻想ではないか?」という事態が訪れた。それが、「活字離れ」である。
…とても説得力のある本質的な活字離れ論だと思う。