『僕たちは池を食べた』春日武彦/河出書房新社 | 砂場

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本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。

春日 武彦
僕たちは池を食べた

精神科医・春日武彦の初の小説集とあって購入。彼は『ロマンティックな狂気は存在するか』という著書で、小説にありがちな狂気を否定している。創造性や純粋さ、真摯さの究極として、憧憬の対象とすらなりえる狂気など存在せず、精神病患者の発想は非常識ではあるが、俗っぽい下世話なヒントが奇形化した、陳腐でチープな思いつきでしかないと言っている。そんな彼が書く小説とはどんなものか。

と思って読んでみたが、まずこれは小説というよりエッセイだ。患者の話よりも日常雑記と個人的な収集癖について語っている部分が多い。これらのエピソードから精神科にくる患者のエピソードを連想したり、また患者から個人的な話へと移ったり。こういった話の組み合わせ方で独特のイメージを紡ぎだす技は見事ではあるが、小説の読後感ではなくエッセイ集。小説を期待して読み始めただけに、ちょっと肩透かし。

だがジャンルはともかく、本書は読みごたえのある内容となっている。紹介されている精神病の人達は、身近で、日常的な、生活感の溢れる人達ばかりだ。声の出なくなった女性、同じ缶詰ばかり食べ続ける男性、ひとふで書きをしないと落ち着かないイラストレーター。特異な症状を描くのではなく、ひとりの患者として興味を持って書かれているところが、流石だなと思う。患者のことを書きつつ、自分の日々の生活や趣味の話(トイレットペーパーの収集品とか)などが書かれている。他人には理解できないような自分の偏見に満ちた趣味の話を書き連ねる一方で、そのままでは理解不能な患者の奇妙な行動の理由を丁寧に説明する。

最後の2編は趣向が少し違った。著者の創作かモデルの患者の話があるのか分からないが、患者の精神が破綻していく様子がリアルに描かれている。些細なきっかけで精神の歯車が狂いだし、日常生活が壊れていくさまは、きっかけが小さいだけに自分の身にも起きそうな気がして怖いものがある。もちろん、それまで蓄積されたものがあったからこそ、小さなきっかけで発症するのだろうけど。

関連図書
春日 武彦
ロマンティックな狂気は存在するか