こんにちは♪
きょうはお休みを頂いて、足助の方に、
中馬のおひなさんを見に行ってきました♪
「中馬のいわれ」
中馬と書いて、ちゅうまと呼びます。
江戸時代に、信州の馬稼ぎ人たちが作った同業者の組合のことで、
「貸馬」、「中継馬」が語源と言われていますが、
一般には、伊那街道(飯田街道)で物資の運搬に従事した全ての人々のことを
指しています。
この中馬と呼ばれる人たちが行き来したことから、
街道は別名「中馬街道」とも呼ばれています。
この中馬のおかげで、街道の中継地点だった足助は、
三河湾からの塩、信州からの米やたばこなどの山の産物が集まる
交易の町として栄えました。
パンフレット参照。
香嵐渓のあたりの駐車場から、歩いていくと、古い町並みに、
お店が続いてるんですけど、
町おこしみたいな感じなんですかね。
ひな人形が沢山飾られてます。
どのお店にもほとんど飾ってあります。
かなり古いものもあって、
楽しめました。
きょうはお休みを頂いて、足助の方に、
中馬のおひなさんを見に行ってきました♪
「中馬のいわれ」
中馬と書いて、ちゅうまと呼びます。
江戸時代に、信州の馬稼ぎ人たちが作った同業者の組合のことで、
「貸馬」、「中継馬」が語源と言われていますが、
一般には、伊那街道(飯田街道)で物資の運搬に従事した全ての人々のことを
指しています。
この中馬と呼ばれる人たちが行き来したことから、
街道は別名「中馬街道」とも呼ばれています。
この中馬のおかげで、街道の中継地点だった足助は、
三河湾からの塩、信州からの米やたばこなどの山の産物が集まる
交易の町として栄えました。
パンフレット参照。
香嵐渓のあたりの駐車場から、歩いていくと、古い町並みに、
お店が続いてるんですけど、
町おこしみたいな感じなんですかね。
ひな人形が沢山飾られてます。
どのお店にもほとんど飾ってあります。
かなり古いものもあって、
楽しめました。










