身体は、ただただわたしの命を守るために
働いてくれてる。
どんな症状だってそうだ。
その状況に、わたしを不快に不安にさせる
勝手な妄想をするのは自分。
いつだって感情をサインに
わたしのハートに従えばいいだけ。
ハートの伴わないものは
わたしの真実ではない。
そういう妄想はいらない。
身体を脱いでこの世界での遊びが終わる時、
思い出すことってなんだろ?
手に入れたモノなど物質的なものは
もっていけない。
そのモノを手に入れる過程で
こんな経験してこんな気持ちを感じたなぁー♪ってことを振り返ることはあるかな。
てことは、やっぱり
わたしがこの世界で欲しいものは
(生きる目的)、いろんな経験からどんな気持ちを感じてどんなことを味わったか。
わたしのハートを喜ばせるには
やりたいことをやらせてあげること。
まずはやりたくないことをやらせないこと。
それからハートからの指示をゆるりと待って、来たら軽々動けるよう
いつも身体や思考を整えておこう。
心地好い状態に。
やっぱ欲しいのは、いつだって願いは、
いろんな喜びの体験とそれを味わうことなんやな~ってジワジワ感じた。
なんだっていい、大小も関係ない。
なら、今ここでも出来る範囲でなら出来る。
珈琲飲む、寝る、ボーッとする
そんなことも「わたしの願い」の1つだ。
叶えてあげられないと嘆いて
頭悩ませてハートに不快を与えてる暇があれば、とっとと食べたいものでも食べて
満足すればいい。
何にも出来ないと思うなら寝ればいい。
お金も過去の経験も
すべてその為に使うツールでしかない。
その使うためのツールにしがみついたり
減っていくことや無くなることに
不安や恐れを感じたり
それを手にいれるために自分を犠牲にしたり
自分を制限したりすると
本末転倒。
すべては何のためか?
わたしの喜び体験とそれらを味わうことだ。
それを忘れない。