さちまるちゃんの
「現実はカタログギフト」の動画を
なんとなく聞いてて思った。
1枚のハガキやったら
そこに意識向け続けて
いつの間にか
「まだ叶ってない」って
執着してしまいがちやけど
何枚も何百枚も送ってたら
何について出してたか忘れるってことが
願いに対して執着にならないのかぁ~と。
同じ内容のハガキを何枚も出すのも
執着になってしまってそうやし
数枚でも出したら
もうOKにして楽しみに待つ
くらいでいたらいいな。
執着がダメ、ではないけど。
「~する必要はない」
執着になってしまってる願いは
この方がハートが緩むな。
わたしから見てこの言葉の印象は
勝手にネガな願い方
消極的な願い方だと思って
ダメだと勝手に思ってた。
言葉がどうではなく
感じ方がすべてやな。
ていうか
ほんまに何かの為に何かをする必要ってなくて、ただ目の前のことを楽しむだけでいい。
どんだけ必要ないことしてるか
見つけるのも楽しいかも。
買おうと思ってた化粧品が売り切れ。
でも今必要だからランク上の化粧品を
結局買うことに。
そのやり取り中
相手が損したくないという目的で
入荷しないことに苛立ち。
望み通りにコントロール出来ないことに
わたしが苛立ったんや。
まだ外側、出来事を
コントロールしようとしてるよ?って
ソースからのメッセージと受け止める。
コントロールもダメじゃないけど
わたしはわたしの幸せの為に
何かをコントロールする必要はない。
だからもういらないよ。
ランク上の化粧品を手にすることは
それを安心して使いなさい、ってことだな。
ギフトだな。
不快な感情味わってる時
不足感の面倒みてたんや。
不足感という妖怪に餌やってたんや。
エゴから受け取る、不安という餌を。
不足感を支える為に。
全然嬉しくも楽しくもないのに
妖怪不足感の面倒みてた。
そう思ったら、めっちゃウケた。
もう不足感を支えない。
わたしに不足感はいらないよ。
そのまんまの
今のありのまんまのわたしで
幸せ真っ只中にいる。