今までごめんね、私。 | しろくま

しろくま

ゆっくり、のんびり、

うおー久しぶりの文章。
気付けば今年初の更新。

2016年、この数ヵ月でいろんな変化がありました。
6年半付き合っていた彼氏と別れた。
6年同棲した家から引っ越した。
アルバイトから店長になった。

これら、かなりでかい。

秋から春にかけて、ずーっとしんどかった。アー疲れた。
いや、楽しいことや面白いこともいいいいっぱいあったんだよ。
新しい友達がたくさんできた。
6年半ぶりに「彼氏いません」って言ってる。
大好きなミスチルのライブにまた行けることになった。
大好きな友人たちとお花見をした。
夏から憧れていたエリアで最高の物件を見つけてのひとり暮らしスタート。
これからだって、楽しい予定がたくさんある。
お店にいろんな友達がたくさん遊びに来てくれる。

でもどこかで落ち込んでる自分が居て、それに気付いたのはここ最近。
気付いたことで、「あ、私落ち込んでたんだ」ってそのことにまた落ち込んだりして。
それを救ってくれたのは、大好きな妹、大好きな同僚、大好きな友達、だった。
そして、辿っていけば、自分が思っていること、自分が考えていること、自分の最近の出来事、それを話すようになった自分の変化。
これも、関係ないとは言えないことだ。私、変わった。

1年ちょっと前から、中高の同級生がきっかけでいろんな人のブログを読んだり、トーク番組や対談番組やインタビュー記事が好きになったりして、いろんな生き方、考え方に触れることが増えた。
そうしているうちに、頭の中では、物事に対する考え方や捉え方を、自分が消化しやすいように変えていくことができていっていた。
それもまた、落ち込んだ自分に気付いたことで分かったことだった。

書けばきりが無いので、これからバンバン書いていこうと思うのだけど、
(といって三日坊主になるのがいつものパターン)
仕事が終わって帰ってきた部屋で、いただいたお弁当を食べながら、久しぶりに泣いた。
秋冬は、酔っ払ってよく帰り道や帰宅後のベランダで泣いてたものだけど、そういえばしばらく泣いてないなぁって思ってたここ数日だった。
お弁当が美味しくて、それが涙のきっかけになったのだけど、そのお弁当をくれたの職場のお友達は、転職するので出勤最終日。
転職後も同じエリアでの仕事のようなので、またいつでも会える。
仕事が決まらないって暗い顔をしていたことも多かったけど、向けてくれた笑顔を思い出して、あぁこんな私だけど、笑顔で会いに来てくれる友達がいたなぁって。嬉しかった。

この数日、妹には「姉ちゃん夏秋ぐらいからおかしかったよね」と最近言われた。
彼氏と同棲解消することになって、新しい部屋を探すワクワクを感じながらも、6年住んだ慣れたこの部屋や街とお別れする寂しさも感じてて、結局彼氏とは別れることになって別れて引っ越して、好きになれそうな人ができて、でもその彼とは音信不通になって、仕事では自分が店長になることになり、不安でいっぱいになって、店長としてちゃんとしなきゃと頭でっかちの意気込みばかり大きくなって空回りしてて。
SNSの投稿も見ていた妹は、そう感じたみたい。
なんかいろいろあったよね。大丈夫と思ってたけど。
家族だから割と本音で話ができる分、指摘しながらも、励ましてくれた。

大好きな友達とは前から定期的に会っていたけど、年末ぐらいから、今月何回会ったんだというぐらい会うようになった。
そして妹たちとLINEで何気ない話題を送ったり、twitterで独り言をつぶやいたりする感覚でその友達ともやりとりするようになった。
というか、どうでもいいようなことまでこちらから話しかけることが増えた。
そしてその子は先日、いろんな人を集めたお花見の席で、私に憧れていると言っていた。
知り合って7年ぐらいになるけど、「私の憧れです」と何度も言われてきて、「こんな私のどこがいいんだ」と笑っていた。
でもあの日、それを聞いた妹からは「好きとかはあっても“憧れ”なんて滅多にない」「そんな人がいて安心した」、中高からの友達には「自分のことみたいに嬉しかった」って言われて、その子の気持ちを受け取れ切れてなかったこともわかった。
今でも「こんな私なのに」とは思うけど、ずっと友達でいてくれて、何かの時にはたくさんのプレゼントや嬉しい言葉をくれて、そのことの凄さ、素晴らしさを本当には理解していなかったみたいだ。

今まで「長」のつく立場で仕事をしていた時、うまくいかなかったことばかりだったので、今回の「店長」もすごく不安でいっぱいだった。
なるべく頑張りすぎないように、「私がやらなきゃ」「長なんだから」ってならないように、いっぱい相談して、いっぱい質問して、自分一人で決めることの無いようにしてきた。
プライベートな話も自分からするようになった。
そうしているうちに、「気持ちが落ちている」ということも話せるようになっていて、今まで私は、自分の本音や状態を、自分から話すって事があまりなかったということにも気付いた。
悩みごととして話してても「まぁしょうがないんだけどね~」みたいに自分から終わらせてることも多かった気がする。
そんな私のこともちゃんと見てくれて、理解しようとしてくれて、「○○さんがお休みの日、二人で心配してたんですよ~」とまで言ってくれた。
「○○さん、頑張っちゃうから」「もっと気を楽に」って、だいぶ頑張らないようになったと思ってたけど、どうやら染み付いているようで。
お店のことはみんなで考えようと言ってくれて、私情のことも聞いてくれるし考えてくれる。。
あぁ私は今まで自分だけでなんとかしようとしてきたんだなぁ。

「自分がちゃんとしなきゃ」「しっかりしなきゃ」「ちゃんとできなきゃ」が強い人生だったから、人を頼って、打ち明けて、助けを求めることがなかなかできなかった。
でも、ちょっと分かった。人を頼ったり、助けを求めたら、こんなにも素晴らしい世界があったのかということを。
本音はいつだってそこにあったのに、それを隠してちゃんとして、周りに合わせて、大丈夫っていつも笑って、そのくせ「わかってもらえない」「気付いてもらえない」、「仕方ないか」ってまた合わせて。
それ、私の心が、私に対して思ってたんだ。ごめんね、私。ちゃんと見てあげてなかった。
大丈夫じゃないときは大丈夫じゃないって言っても良かったんだ。
自分じゃどうにもならないとき、助けてもらっても良かったんだ。
それなのに、「大丈夫」「できる」って行動を選んできたのは私だった。私が私を見てあげなかった。

いろんなことが起こったけど、気付けたのは周りのおかげでもあるし、ちょっとずつ変われている自分のおかげでもある。
そして、頼らせてもらえる自分であったこと、今までの自分も間違いじゃなかったんだろうな。
すこし、自分を認めてあげられる気がしてる。
でもまだ、まだまだ。もっと自分を大切にしていきたい。