お山の妄想のお話です。
行き付けの中華屋の暖簾を潜るとマスターの威勢
の良い声が迎えてくれる。
「いらっしゃーい!!お?大ちゃん久し振りじゃ
ん!仕事大変だったの?」
マスターの相葉ちゃんはおいらの幼馴染で施設の
頃から仲がいいんだ。
「うん。ちっちゃい仕事だけどいっぱいあって大
変だった」
「どんなの?言ってくれたら手伝ったのに」
「依頼はね〜、迷子の子猫探しと犬の散歩と電球
の取り替え、それからスーパーに買い物とかじい
ちゃんの話し相手とか」
「色々やるね!流石街の便利屋さん!」
「相葉ちゃんも何かあったら言って、料理の材料
の魚調達とかなら新鮮なヤツ釣ってくるよ〜」
「ほんと?じゃ、今度頼んじゃおっかな」
「いいよ〜w」
そんなやり取りをしながらカウンターに座ると隣 からブツブツと呟きが聞こえ、チラッとそっちを
見るとYシャツの上のボタンを幾つか外しネクタ
イも緩めた男がビールジョッキを持ったまま項垂
れていた。
顔は見えないけど肌艶からしてまだ若そうだ。
連れはいないようで一人でブツブツ言っている。
「ちくしょ〜なんでだよ…どうして逃げられたん
だ?捕獲計画は完璧だったのに…」
どうやら何かを捕まえようとして失敗したらしい
野生動物?それともおいらと同じように逃げたペ
ットかな?
同業者?と思ったけど便利屋なんてそうそういな
いし、着ているものが上質だからきっと高給取り
だろう。絶対違うと思った。
「相葉ちゃん注文いい?」
「いーよー。何にする?今日のオススメは青椒肉
絲だけど?」
「んじゃ、それと焼き餃子、あとザーサイと瓶ビ
ールお願い」
「あいよっ!」
だいたいこれが何時ものオーダー。
オススメは毎日違うから飽きないし、ビールもジ
ョッキより小さいコップの方が飲みやすい。
「はぁ〜い、ビールとザーサイどうぞ。すぐ餃子
も焼けるからねっ」
「ありがと」
早速ビールを注ぎ、ゴクリと一口……
う〜っ、美味え!!
労働後のビールの美味さよ!これがあるから仕事
頑張れるんだよな〜
つまみのザーサイも良し。
一口食べればまたビールが進む♡
ポリポリゴクゴク……無限ループを堪能している
と視線を感じた。
「う゛?」
気になって視線を辿ると、ブツブツ言っていた隣
の客が虚ろな目でこっちを見てた。
完全に酔っ払ってるみたいで顔は赤いけど、造形
は整っている。アーモンド型の大きな目とぷっく
りとした唇が印象的なイケメンだ。
「えっと……何か用??」
じっと見つめてくるので理由があるのかと訊いて
みた、するとイケメンはおいらを舐めるように見
てから言った。
「どこかでお会いしましたか?」
「へっ?!あんたと??」
新手のナンパか?!!と思ったが、言われてみれ
ばイケメンに見覚えがあった。
どこで会ったのか記憶を遡りやっと思い出す。
それは月明かりの夜、もう一つの仕事の現場
そこに何時もいる燃えるような目をした男……
ああ、こいつ『天敵』だ。
BLACK CAT
「追えっ!!必ず捕まえろ!」
そんな叫びを背においらはヒラリと塀に飛び乗り
平均台ほどの幅の上を全速力で走る。
追って来る警官は塀には登れないみたい、せいぜ
い2Mくらいなのにな〜
車が入れない細い路だから追跡は走るしかないん
だけど、もう少し体力つけないとおいらは捕まら
ないぜ。精進してくれや。
そんな優越感に浸りながら爆走し続ける、今回の
逃走経路はもう少し先にあるマンホール。
中に入れば地下は迷路のように入り組んでいて何
処から地上にでるかなんて予測不可能だろう。
おいらは今回のために下水をリサーチ済み、だか
ら完璧に逃げおおせる自信がある。
あと少し先を左に曲がって民家の陰に隠れるよう
にあるマンホールに入れば仕事は終了だろう。
今回も楽勝!でも下水を使うと体が臭えんだよな
ぁ…なんて余裕でいたから、件の角を曲がった先
の人影に気付くのが遅れた。
「うわっ!!」
そいつはおいら同様塀の上に立っていてこちらを
睨みつけていた。
「もう逃げ場はないぞ観念しろ!黒猫!」
「…………………ぷっ…」
眼光と凄みのある声は威厳があったが平衡感覚が
取れない足がプルプル震えていてそのギャップに
思わず笑ってしまったんだ。
「くっ!!なに笑ってんだ!馬鹿にするな!」
馬鹿にされたと感じたのか、そいつは怒りを露わ
にした。おいらは嘲笑したわけじゃない、ただ可
愛いかったんだ。
でも声は出せないから否定も出来ねえし……
それにこいつと何時迄も対峙してる暇もない。
どうにも先回りされてたみたいで塀の下には警官
がウヨウヨいるし、後ろの奴らにも追いつかれそう。捕まりたくねーし、どうにかしないと。
フッと横をを見ると頑丈な枝を生やした木があっ
て『これだっ!』と咄嗟に飛び移る。
そこからは腕力跳躍力を使い、木の枝から民家の
屋根、そこから隣のアパートの外通路へと身体能
力をフル活用して移動した。
そして警官達がついて来れずドタバタと地上を走
っている間においらは逃げおおしたんだ。
ここのところ何回かはそんなパターンで、どうや
ら逃走経路を読まれてるみたい。
盗みに入る家だって『予告』してないのにバレて
るしさぁ……やりづらくて仕方ねえの。
身内に密告者がいるか、あっちのプロファイラー
が凄いのか……
裏切り者がいないのは断言できる、だとすると
プロファイラーだな。そんでそれが多分あのイケ
メン警官だろう。だってあいつが現れてからすん
なり逃げられなくなったもの。
***
んで、今そいつが隣にいて酔っ払って絡んできて
るって………どんな状況だよ………
「完璧な分析で追い詰めたのにやすやすと逃げら
れた……あんな逃げ方おかしいだろ!ね、あなた
もそう思うでしょ!!」
「お…おお」
酔で赤くなった顔をグイグイ近づけるイケメンに
困って相葉ちゃんに助けを求めた。
するとおいらとイケメンの間に餃子を置いて腕で
距離を作ってくれる。
「翔ちゃん、仕事で失敗したからって関係ない人
に迷惑かけちゃ駄目だよ〜」
「いいや、この人は関係ある!なんでか凄く既視
感があるからな」
そりゃあるだろうよ…
もう何回も現場であってるんだから…
そう思っても勿論言葉には出さない、こんな所で
身バレなんてありえないし。
不自然にならないようにとぼけとこ。
「え〜っ、おいら誰かに似てんの?」
ちょっとカマをかけてみた。
だって仕事時は目だけ出したマスクを被っている
から素顔を知ってるわけないし。
「似てるかどーかはわからない、顔見たことない
から…」
「は?どゆこと?」
「なんだろ…勘かなぁ」
やっぱりね〜、と内心ホッとした。
でも刑事の勘はあなどれない、しかもこいつはプ
ロファイラーだちょっとした言動で疑われるかも
しれない。ここはサッサと退散した方が利口だ。
でもまだ青椒肉絲が来てないし餃子もビールも半
分以上残ってる……
仕方ねえ、お持ち帰りにしてもらうか…
相葉ちゃんにそう言おうとした時、店の引き戸が
ガラッと開いた。
「やっぱりここだ!探したよ翔さん!」
大きな声を出して入って来たのは濃い顔のイケメ
ン……こいつも見覚えがある……
おいらを追う警官の中にいつもいる奴じゃん…
こっちは素面みたいだからなるべく関わりたくな
いな。
「うん?!松本かぁ、何か用?」
「何か用?じゃねえよ。あんた働き過ぎだから
さっさと部屋に戻って寝ろって言っただろ!」
「だって腹減ってたんだもん」
「冷蔵庫に飯用意しといたから温めて食えって言
ったの聞いてなかったのか?」
「圧倒的面倒臭かったからここに寄った」
「レンチンも面倒って、どんだけだよ」
はぁ〜、っとため息をつきながら天を仰ぐ濃いイ
ケメン。それを無視して隣のイケメンがおいらに
絡む。
「あんたとは絶対会ったことがあると思う〜。
どこかはわかんないけど…もう少し顔をよく見せ
てくれる?」
「うえっ?!ちょ、近っ!」
グイッと鼻がくっつくほど顔を寄せられて目茶苦 茶焦った。だって凄え綺麗な顔が近くにあるんだ もん、綺麗すぎて胸がときめきそう。
いやいや、ときめいちゃ駄目だろ!
こいつは天敵の警官なんだから!
とにかくパーソナルスペースを確保しなきゃと
相手の顔を押し返そうとした時、凄い勢いでイケ
メンが後方へと離れた。濃いイケメンがYシャツ
の襟を掴んで引っ張ったみたい。
「こらっ!一般市民に迷惑かけんな!嫌がってる
だろ」
「うるへ〜、お前には関係ない〜離せ〜」
ジタバタするイケメンの首根っこを掴んだまま濃
いメンはおいらを見た。
「すみません、ちょっと飲み過ぎたみたいで…」
「や、いいんですよ〜。気にしないで…」
俯き加減に答える、バレはしないけど顔を見られ
たくないから。なのに何故か強い視線を感じる…
「…………翔さんの言う通りだな。なんだか何処
かで会った気がする」
濃いメンまでそんな事を言い出した!
何だよ刑事の勘かよ、やたら怖いんだけど!
眼光の鋭い濃いメンにガン見されてビビっている
と相葉ちゃんから助け舟があった。
「ちょっと!大ちゃんに絡むのヤメて!」
「いや、絡んでるわけじゃ…」
「ならなんなの?もしかして新手のナンパ?!
たったら尚更ヤメてよ!」
「ナンパでもないよ…怒らないでよ相葉さん」
「翔ちゃんと二人して大事な大ちゃんにチョッカ
イ出さないでっ!お店出禁にするよ!」
「不躾ですいませんでした…」
相葉ちゃんの剣幕にたじろぎ濃いメンが頭を下げ
て謝った。それに対しおいらは『気にしてない』
とだけ返す、出来るだけ記憶に残りたくないから
オーバーな態度はとらない。
とにかく早くこの状況から抜け出したかった。
「大ちゃんが許すならいいけど、二度と店でナン
パしないでね」
「だから……ナンパじゃないって……」
ちょっとズレてるけどおかげで難を逃れそう、相
葉様々だ。
「松本っ!その人は俺が先に目をつけたんだぞっ
お前はお呼びじゃない!ナンパは他所でやれ」
「うるせえ酔っ払い!ほら帰るぞ」
イケメンがまだダル絡みしようとするのを濃いメ
ンが止めた。
「相葉さんこの人のお代は?」
「次に来た時でいいよ〜」
「そう?じゃ迷惑料も上乗せしといて」
「オッケー」
濃いメンはイケメンを立たせるとフラフラする腰
に腕を回しぐいっと引き寄せ、イケメンは濃いメ
ンに凭れるように身体を寄せた。
美しい男達が寄り添う姿は一見の価値ありで、お
いらはぼーっとしながら二人を見送った。
………あの二人…恋仲なのかな……
なんか一緒に住んでるような口ぶりだったし……
きっと付き合ってるんだろう……
同性同士とか、おいらに偏見はない。
恋愛は自由だし性別は関係ないと思うから。
だけど今、とっても残念に感じてる……
なぜだろ?わかんねーや。
でも帰ってくれてホッとはしたさね。
***
「はい、青椒肉絲。遅くなってゴメンね」
二人が出て行った後ホカホカの料理が出てきて
おいらはゆっくり晩酌をした。
「ね〜、さっきの人達何だったの?」
この店の常連のおいらが初見の二人。
警官だと見当はついてたけど確信したくて相葉ち
ゃんに訊いた。
「翔ちゃん達は仕事の都合でこっちに来たんだっ
て言ってたよ」
「仕事って?」
「泥棒を捕まえるためにここのおまわりさんに協
力してるんだって。で、少し前から店に来るよう
になったの」
「へ〜っ……泥棒って?」
「今話題の黒猫だよ。正直オレは捕まってほしく
ないんだけど」
「どうして?」
「だって悪者から盗るし、噂じゃそのお金を寄付
してるっていうしね。令和の義賊、弱きを助け強
きを挫くってカッコイイじゃん」
知り合いに褒められるのって照れくさい、でも相
葉ちゃんは俺が黒猫だって知らないんだ。
こればっかりはいくら幼馴染みでも言えないよ。
「そう?でも泥棒は泥棒だよ。悪い奴さ」
「そうかもだけど、江戸時代のネズミ小僧は良い
泥棒じゃん。後世黒猫もきっとそう言い伝えられ
るよ」
「どうかなぁ……」
黒猫本人であるおいらは盗みを悪い事だって思っ
てるよ、どんな理由があってもね。
でも目標のためなら仕方無いんだ、だから善良な
人でなく悪人を標的にしてる。
それが義賊と言われる所以だろう。
おいらの目的は経営の傾いた保護施設への援助、
親のいない子供達に辛い思いをさせたくないから
それに賛同してくれた友人二人と活動してる。
……さっきの二人、もしかしておいらの正体に気
付いててこの店に通ってる?探られてるのか?
いやいや偶然だろ、でもニノと町田の安全のため
にもっと用心しなくちゃ……
***
ピッピッピッっと数字を打ち込むとカチャっと鍵
が開く。ニノの家のスマートキーの番号は何故か
おいらの誕生日だから忘れることはない。
「ニノ〜、相葉ちゃんが五目焼きそばくれたよ。
温かいうちに食べて」
ビニール袋をガサガサいわせながら奥の部屋に進
むと沢山のモニターに囲まれたニノがいる。
「いらない、さっきカロリーメイト食べたから」
「相葉ちゃんがニノのために作ってくれたんだか
ら、今じゃなくても食べろよ」
「はいはいわかりましたよ…いつか食べます」
「も〜、相葉ちゃんが好きなくせにツンデレか」
「五月蝿いよ、余計な事言うと次のターゲット教
えないよ!」
「あ?もう目星ついたの?」
「ついたよ。裏サイトガンガン見たからね。多分
盗っても通報出来ないブラック企業」
「ふ〜ん、ビル?」
「うん。都心の雑居ビル」
「今度は大丈夫?警察に待ち伏せされない?」
「大丈夫だと思うけど……あちらの分析官優秀み
たいだからなんとも…」
ニノの本業はゲームクリエイターだけど実は凄腕
ハッカーで獲物定めからセキュリティ解錠まで色
々としてくれる。こいつもおいらの幼馴染みで同
じ施設出身だ。
「……そのプロファイラーらしき奴が相葉ちゃん
の店にいたんだけど」
「マジ?!あんた身バレした?」
「してねーけど」
おいらを見ることなくニノがキーボードを打つと
身分証の写真でキリッとしたイケメンが画面に映
し出された。
「警察庁からサポートに来た分析官、櫻井翔。
店にいたのこいつ?」
「この人で間違いない。酔っ払ってたけど」
「あんたの素性は絶対バレてないから、きっと偶
然だろう。……でも相葉さんの店に行くのは控え
て、用心に越したことないから」
「そうだな……」
店に行かなくても相葉ちゃんの料理は食べれる…
家に行っても来てもらってもいいんだしね。
でもさ、ちょっとだけ残念なんだ。
だってあのイケメンと会話する機会が二度とない
んだもの。
天敵なのにどうしてそう思うんだろ?
おいら変になっちゃったのかな……
続く
大野(黒猫): 怪盗。通称は黒ずくめで猫のようなしなやかな
動きから。盗むのは宝石など、決して人に危害
をあたえない。
櫻井 翔 : 警察庁の分析官。将来を有望視される若手。
黒猫捜査に抜擢され、その優秀さで何度も黒猫
を追い詰めるのに成功するが詰めが甘く逃げら
れる。
二宮 : 大野の幼馴染み(同じ私設孤児院で育つ
優しい施設長が悪党に騙され大金を失ったこと
から悪人を憎み、大野の仲間になる。
相葉 : 大野、二宮と同施設で育つが小学校中学年くらい
に父親に引き取られる。なので施設長が大金を失
失った後の辛い生活を知らない。
松本 : 櫻井の後輩。黒猫捜査のため警視庁に派遣。
……というなんちゃって設定w
警察庁からの派遣については出鱈目ですw