お山の妄想のお話です。




「あ〜っ、イデデデデ………」


目覚めると地獄が待っていた

頭がヅキヅキと痛むのは二日酔いのせいだろう。

昨夜はこの地に来て馴染みになった店に行き店主

に愚痴って酒がだいぶ深くなった…


他に愚痴れる人がいなくてぐだぐだと語って、

君に迷惑を掛けたから謝りに行かなきゃ。

仕事の失敗は無関係な人にしか話せない、プライ

ドがあるからな。後輩の同僚なんかには絶対に言

やしないし……

そう考えていた時部屋のドアがノックされた。


「翔さん、起きました?」


聞こえてきたのは一時的に同居している松本の声


「ああ、今な。クソっ頭痛ぇ」


返事をすると静かにドアが開き松本が顔を覗

かせた。


「遅よう、もう昼過ぎだよ。しじみ汁あるけど

飲む?」

「貰おうかな…胃のムカつきはないけど」

「じゃ温めるからキッチンへ来て」

「おう…」


松本はそう言い残し顔を引っ込め、俺は重い体を

起こし多少ふらつきながら台所へ向かう。

テーブルに着くと水と箸が置かれすぐに温かい味

噌汁が出てきた。


「どうぞ召し上がれ」

「いただきます…」


手際の良さに感心し、こいつと付き合う人は幸せ

だろうなぁなどと考えた。

ま、俺には関係ないことだけど。


「昨夜のこと覚えてる?」


ちまちま蜆の身を食べているとそう聞かれ記憶を

辿った。そう言えば相葉君に愚痴を零した後何か

特別な事があったはず………


そこで記憶がフラッシュバックした。

隣に座った若い男性

少し垂れ気味の潤んだ瞳はどこかで会ったような

感覚がしたんだ…

困った表情で、でも優しく穏やかに俺に接してく

れた。


「…………知らない人に絡んだ」

「迷惑そうだったよ。相葉君にも叱られたし」

「謝らなきゃな…あ?!支払いしてない!」

「今度来た時でいいってさ。絡んでた人相葉さん

の知り合いみたいだから、次に会ったら謝罪する

んだね」

「そうだな……」


相葉君の知り合いだとわかりホッとした。

だって二度と会えないってことはないから、行き

ずりだったら俺の分析力をもってしても探すのは

困難だろう。


あの人にもう一度会いたい……

謝罪のためだけじゃなく何故か気になるんだ。

理由はわからない、でもあの人をもっと知りたい

なんて思ってしまった。


「絶対会った事がある、とかかなりしつこく言っ

てたよ。ま、俺も初対面って感じがしなかったけ

ど……」

「そう言えばお前もあの人に絡んでたじゃねーか

相葉君にナンパとか言われてただろ!」

「酔っ払いのくせに変なトコは覚えてるんだね。

でもあなたと違って俺は本当に会ったことがある

と感じたんだ。断じてナンパなんかじゃないよ」

「……でも絡んだだろ。お前も謝るんだな」

「俺はもう謝ったから」

「は?」

「翔さんが前後不覚に陥ってた時に謝罪した。

あの相葉さんがキレるくらいだからとても大切な

人なんだろね、店を出禁になるのも嫌だったから

速攻謝ったよ。だから後はあなただけ」

「……相葉君、そんなにキレてた?」

「うん。相葉さんにだけでも早めに謝った方がい

い、支払いもまだだしね」

「そうだな……」


その後、松本に『取り敢えず身体を休めて』と

ポカリを持たされ部屋に追い返された。

頭にまだ鈍痛が残っていたから素直に従いベット

に横になる。


少し眠れば頭痛も治まるだろうと目を閉じた。

しかし眠りたいのに思い出すのはあの柔和な顔…

絶対に何処かで会っているはずだ、でも思い出せ

ない。学生時代?プライベート??

松本も既視感があったなら仕事関係か?


わからない……次に会った時わかるかも……

相葉君の店でまた会えるかな?

取り敢えず近いうちに店に行こう、謝罪と代金の

支払を済ませたらあの人のことを訊くんだ。

そして会う機会を作ってもらおう。


その時は松本がいない方が良い。

俺だけであの人と会いたいから……


***


満月の光に照らされる人影……

パルクールのように障害物を乗り越え移動する

猫のようなしなやかな身体……


それを始めて見た時、綺麗だと思った。

犯罪者に対してもってのほかだけど、正直な気持

ちだった。


当時は先輩分析官が応援に出ていて捜査に関われ

なかったが、どうしても対峙したくて死に物狂い

でデータの解析をした。

そして黒猫の狙う場所を幾つか割り出すのに成功

し上司に報告するとその中の一つが的中。

次は更に絞り込むことができ、分析力を認められ

現場に出ることができた。


そして何度も捕まえるチャンスが巡るも、黒猫の

驚異の身体能力に屈することとなる。

毎回『マジか?!ありえない!!』というような

常人には出来ない動きで闇へと消える。


逃げるものを追うのは野生の本能…

俺はどうしても黒猫をこの手で捕まえたい


おかしな話だが、焦がれるような熱望は恋に似て

いるかもしれない…


***


「あ〜、今日も来てないよ〜」


店に入ると相葉君にすまなそうに言われ、俺は

ガックリと肩を落とした。


ここで酩酊した数日後謝罪に訪れたが彼の人の姿

はなく、来店の予定を訊くとわからないとの返答

だった。

彼は便利屋を生業にしていて日々忙しく、店に来

るか否かはその時の業務内容によるらしい。


「今は猫ちゃん達の恋の季節だからね、脱走した

コを探してって依頼が結構あって忙しいみたい」

「へ〜猫探しか、大変そうだな。でもほとんどの

飼い猫って去勢や避妊手術してるだろ、恋の季節

は関係ないんじゃない?」

「飼い主さんの中にはあえてしない人や経済的理

由とかで出来ない人もいるよ。それに春って発情

じゃなくても逃げちゃうこと多いんだ。寒い冬と

違って春になると気温も上がって行動量が増えるし、鳥や虫とかいたら狩力本能が刺激される。

気持ち良い気候だからって飼い主さんがうっかり

窓を開けちゃって外に出るコも多いんだよ」

「なるほどね。そういえば人間も失踪率が高いの

は春だったな……」

「そうなの?」

「ああ、3月から5月に行方不明や自サツが多い…

生活環境の変化でストレスや心身の不調をきたし

やすいんだ」

「そうなんだぁ、よく知ってるね流石警察官!」


大した情報でもないのにパチパチと手まで叩いて

称賛され居心地が悪い。話題を変えるために彼の

事を訊いてみた。


「ねえ、大野さんの事務所って何処にあるの?」

「大ちゃんは自宅が事務所だけど、なんで?」

「ここに来ないのならいっそそっちに行って謝ろ

うと思って」

「わざわざ行くの?そこまでする必要ないでしょ

大ちゃん気にしてないよ」

「俺が気にするんだよ。迷惑かけたらきっちり謝

ってけじめをつけたいんだ」

「翔ちゃんて変なトコ堅いよね。気持ちはわかる

けど個人情報は教えられない」

「そうだよな…」

「しょんぼりしないで〜。今度大ちゃんにプライ

ベートで会うから店に来れる日聞いておくよ。

翔ちゃんも謝ったらスッキリするもんね」

「ありがとう、頼みます!」


相葉君のおかげでやっとあの人に会えそうだ。

謝りたいのは当然だけど、実は同じくらいもう一

度話してみたい。


始めて会ったはずなのに何故か既視感がある不思

議な人、黒猫と同じくらい気になるんだ……




困ったことになった……

とってもマズい状況だよ……


相葉ちゃんに『どうしても』と頼まれてあの分析

に会った。

絶対に会わない方が良いってニノに言われたし、

おいらもそのうち忘れるだろうと思ってたのに…


でも相葉ちゃんの話を聞く限り会わなければ

と執着されそうな勢いで、今後の事を考えたら

もう一度だけ会ってスッキリさせた方が良いって

結論に至ったんだ。


それにしても謝罪しなきゃ気が収まらないなんて

凄ぇ真面目なんだな。

あの程度の酔っ払いの絡みなんて普段でも結構あ

るだろ、いちいち謝る人なんていないよ。

警官だから誠実?それとも頭が堅いだけ?


何にせよ一度だけで、あとは絶対に関わらないつ

もりだった。ニノ曰く君子危うきに近寄らずって

ツで。


でも相葉ちゃんの店で再び会った時、その考えが

揺らいだ。

あの人……

視線が合った瞬間、花が綻ぶように笑ったんだ…


見慣れた敵視剥き出しの燃えるような眼差しでは

なく酔ったトロンとしたものでもない、初めて見

たナチュラルな瞳に心臓が早鐘を打った。


駄目だ、目の前にいるのは天敵。

関わると不利な状況に陥る……仲間を危険に晒す

ことにもなる…


頭は警鐘を鳴らすけれど心はその逆だった。

もっと彼を知りたいもっと話したい、と思ってし

まったんだ。


謝罪を受けお詫びにと食事を奢ってもらい、他愛

の無い話題で盛り上がった。

会話は楽しかったし綺麗な顔にも見惚れてしまっ

て、一度きりだった筈なのに帰り際に『またね』

と言っちまった……


『黒猫』として警察の動向を探ろうなんて微塵も

考えなかった、彼と話している間は只の『大野智

』で自分が盗人なのを忘れていたんだ。


……………これってかなりヤバいよな

由々しき問題、ってやつ……

どうしよ、ニノに相談する?

いや駄目だ…目茶苦茶怒られるしもう会うなって

言われる。それは保身の為だから仕方無い…


けどそれを守る自信がないよ。

自分でもおかしいって分かってる、

でも、変なんだ。自分をコントロール出来ない。



………………………………この感情って、まさか……



もしかして、おいら盗人なのに彼にとんでもない

ものを盗まれたのかも……






                    続け

                  









           奴はとんでもないものを     

              盗んでいきました…(by銭形)


                 カリオストロ……