お山の妄想のお話です。





翔くんに新しい恋人………?

やっぱり浮気してる?


そんな言葉が頭の中で渦巻いた…

あるはず無いのに、絶対に無いよね

だって翔くんは俺をとても想ってくれている

の、どんな時でもたとえ周りに沢山の人が

いたって『大好きだよ』って言えるほど。


恥ずかしくて場所を考えてと頼んでも

誰に聞かれても俺は全然平気だよ、だって

本当のことだし。それに照れるあなたの可愛

い姿を見るのが狙いでもある』

なんて涼しい顔でいるくらい。


優しくて誠実な翔くんが他の人となんて…

絶対に無い、俺の勘繰り過ぎだ。

自分が目撃したわけでもないのに、他人の話

鵜呑みにして最愛の人を疑うなんておかし

いよね。


自分に似ている人は世界に三人いるって言うし、翔くんの言う通り『他人の空似』だ。


「俺の馬鹿たれ、反省しろ 」


疑心暗鬼を解くために両頬を叩く、加減な

だから結構痛かったけど罰だから仕方無い。


「疑ったりして悪いことしたな……」


落ち着くと今度は翔くんに申し訳ない気持ち

でいっぱいになり、償いとして何か出来ない

か考えた結果部屋の片付けを思いついた。


最後に翔くんのマンションに行ってからしば

らく経つし、整理整頓が苦手だから散らかっ

ているはずだ。

それをスッキリさせれば彼も気持ち良く仕事

に励めるし、俺の罪悪感も薄れるだろう。


「よ~し、行くか!」


思い立ったが吉日と言うし実行あるのみ。

……ひょっとしたら翔くんに会えるかもし

れない。携わっている仕事が終わるまで我慢

するなんて言った後だけどサプライズみたい

で良いよね。


**


「お久し振りです!!」


翔くんのマンションに向かう途中で突然声を

かけられ、振り向くと男性がニコニコしなが

ら小走りで近付いてきていた。


見覚えがないので多分知り合いじゃない、で

も周りに誰もいないからきっと俺に言ってい

るんだろう。

近くに来れば人違いと気付くと思っていたけど、その人は話し続ける。


「成瀬さん!こっちに戻られたんですね」

「……えっ?」

「わ~っ、染めたんですか?金髪とかw

めっちゃアメリカナイズしてますね」

「はっ??えっと、あの……」


声を掛けてきたテンションのままなので人違

いに気付いてないみたいだ。

どうしよう、こっちから間違いと言った方が

いいのかな。


「あれ?成瀬さん何か若返ってません?」


確か今年で~、なんてぶつぶつ言いながら

訝しげにしている。

このタイミングを逃す手はないと思った。


「あの……人違いです、俺は成瀬って方じゃ

ないです」

「ええっ!!マジ??!」


一方的に話していた彼は驚いた様子で俺をし

げしげと眺め、そして人違いだとわかると慌

てて謝り出した。


「ああっ!人違いでした!馴れ馴れしくして

すみません!」

「いえ、気にしてませんから」

「でも本当に似てるんです……成瀬さんの

ご親類とかじゃないですか?」

「心当たりはないですね」

「そうですか……数年前の成瀬さんにそっく

りなのになぁ」

「はぁ……」

「あ、ジロジロ見てすみません。以前その方

にお世話になってて、アメリカに行ったと聞

いてたのにこんな所で合うなんて凄い偶然だ

ってテンション上がっちゃって…」

「…そうですか」

「成瀬さんだと思って嬉しくて呼び止めてし

まったけど、よくよく考えたら弁護士の彼が

そんな見事な金髪にするわけないですよね」

「はは……」


遠く離れた所にいるはずの人が突然目の前に

現れたらボルテージが上がっても仕方無い。

責めるつもりも無いので適当に話を切り上げ

その場から離れた。


でもこのやり取りは何故か心に引っ掛かるも

のがあった……


※※


久しぶりに入った部屋は大好きな人の香りに

満ちている。

それは忙しくて換気なんてしてないせいだろ

う、寝るだけに戻っている感が否めない。

そのせいか室内も汚れてはいない、だけど散

らかってはいる。

とりあえず全ての部屋を確認して順序立てを

するのが効率的だろう。


外食続きのようで台所は凄く綺麗、ゴミも捨

ててるみたい。

リビングはテーブルの上に新聞や郵便物が山

積み、郵便物は手を出さない方が無難だから

新聞紙だけ纏めよう。

あちこちに置いてある書類はどうするか…

1ヵ所に集めた方がいいかな。


風呂場はそれ程汚れてないけど脱衣所にはク

リーニングに出すYシャツが積み上げられ、

洗濯機の中は下着やタオルで満タン。

これは一度全部出して仕分けなきゃ駄目だな


玄関からLDK、水回りを見終わり

あとは書斎と寝室だけ。

書斎は翔くんの領域だから手出し無用と判断

し寝室の扉を開けた。


室内はカーテンが閉めきりで昼間なのに薄暗

く、ここも換気をしてないせいか翔くんの香

りが濃厚だった。


寝室という場と濃厚な香りは五感を刺激して

淫靡な記憶を呼び起こす。

ここで最後に交わったのはいつだったか、そ

の時を思い出し身体が熱くなる。

しかしブンブンと頭を振りそれを霧散させた

だって今日の目的は別なのだから。


気を取り直しとりあえずカーテンを開け、そ

れから窓も開けて換気をする。

本題の室内の汚れをチェックしたけど、ベッ

トシーツがグチャグチャになってる位で綺麗

なものだった。


「やっぱり寝るだけに帰ってるんだ…」


疲れて泥のように眠る翔くんを想像して胸が

痛む。本当は恋人である俺がケアをするべき

だろうけど、彼がそれを望まないから何も出

来ない。


仕事に集中するためだって分かっているけど

少し淋しいな……

俺が締め切りで缶詰の時、翔くんもこんな気

分なのかも。


……いつか…一緒に暮らせたらいいな。

伴侶として労り癒したい……


そう考えたのは、この部屋に主以外の存在

を感じなかったから。

翔くんを信じているけど、どこかで他者の影

に怯えていたんだ。でもどの部屋にも翔くん

の気配しかなくて安堵している。


「よしっ!始めるか。まずはシーツと羽毛布

団のカバーを洗おう。枕カバーもな」


すぐに洗濯すれば日光で乾かせる。

乾燥機もあるけど洗い立てのお日様の匂いが

最高だもん。


枕のカバーからとろうとベットボードに近寄

るとふと違和感を感じた。

なんだろうと見回わすと理由はすぐに知れた

サイドテーブルの上にある写真立てが倒れて

いたんだ。


「急いでいて倒しちゃった?で、そのままな

のかなぁ」


きっとアラームで飛び起きた時にぶつかって

気付かなかったんだろう。

直しておこうと手を伸ばしたけど額に納めら

れている写真を思い出して躊躇した。


なぜならそれは被写体が俺だから。

しかも恥ずかしいくらいの笑顔のもの……

知らない間に翔くんに撮られてたみたい。


それがサイドテーブルに飾られているのを見

た時、目茶苦茶恥ずかしくて『どうしてこ

んな写真飾るんだよ!』って文句を言った。


翔くんはそんな俺に微笑みながら『だって

1日の始まりも終わりもあなたの笑顔にした

いんだもの。朝は元気を貰い夜は癒されて休

めるし、あなたがいない淋しさも少しは和ら

ぐからね』などと言う。


綺麗な笑顔でそう言われたら黙るしかなくて

ずっと置いたままだった。

そんな経緯があるから複雑な気持ちなんだ。


暫く悩んだ末、現状維持に決めた

自分で直すのはちょっと恥ずかしいから。

仕切りなおして中断していた作業を始めよう

とすると、もう一ついつもと違うものを見付

けた。一枚の紙が枕の横にあったんだ。


長方形のそれは現像された写真みたい。

裏にしてあったので何が写っているかわから

ないけど、置いてある場所から横になった時

に眺めているんだろう。


「……これも俺が写ってるとか?まったく

どんだけ好きなんだよ」


嬉しいくて照れ臭い、こそばゆい気持ちでそ

れを手に取り裏返すと写っていたのは翔くん

と俺だった。


「んふ、やっぱり俺かよ~」


恥ずかしいけど悪い気はしない。

愛されている実感に浸りながら何時撮ったも

のなのかとよく見てみると、それが結構前の

ものであるとわかる。

だって写っている翔くんが若いんだもの、こ

れはきっと10代……高校生くらい?


あれ?おかしいな?俺達が出会ったのは数

年前だから高校生の翔くんは知らないぞ…

じゃあ、一緒に写っているのは誰?

疑問を解くべく食い入るように見ると写真の

人物と自分との違いがはっきりとしてきた。


写真の人物は艶やかな黒髪を綺麗にセットし

スマートにスーツを着こなしている。

年齢も翔くんより幾つも上みたい……

そっくりだけど俺じゃないのは明らかだ…


「……これ……誰?」


年若い翔くんと並んで写る、俺にそっくりな

でも俺じゃない人物は誰なのか……

何か手がかりはないかと画像をよく見ると背

景はオフィスのようだ。


……残念ながらわかったのはそれだけ……

そこに穏やかに微笑む謎の人物とはにかんだ

笑顔の若い翔くんがいる……


「なに?なんだこれ?合成?」


予期せぬ出来事にパニックに陥り、写真を動

かし色々な角度で見ているうちに裏面へと目

が向いた。

そして何もないだろうと思っていたそこで

糸口を掴んだ。


〖成瀬法律事務所にて、領さんと〗


翔くんの字でそう書かれていた……


「なるせ……りょう……」


謎の人物は弁護士の〖成瀬  領〗

ここに来る時に出会った男性が俺と間違えた

人に間違いない。


翔くんとの電話口で聞いた〖成瀬さん〗と

同一人物だとしたらこの数ヶ月間に目撃され

た俺にそっくりな人は彼だろう。


この人と翔くんは今一緒に仕事をしていて、

だから目撃情報が沢山あるってこと?

仕事だったら仕方無いけど、高級レストラン

の話をはぐらかしたのはどうして?

ばつか悪かったから?

俺に気を使ったの?


頭の中が混乱して訳がわからないよ。


成瀬 領、成瀬 領……領…

あれ?りょうって聞いたことあるぞ

確か前に翔くんが昔ばなしで話してた。


『高校生の時に親父の知り合いの紹介で弁護

士事務所でバイトしてたんだ。そこの弁護士

さんに凄く良くしてもらったの。若いのに代

表を勤める有能な人で、弱者には無償で弁護

を引き受けて『天使の弁護士』なんて呼ばれ

てたんだ。領さんって言うんだけど…

俺の憧れだった……』


その時の翔くんは夢見るような表情をしてい

て、俺は直感的に『領さんに恋してたんだ

な』と思ったんだ。その時はかなり昔のこと

だし怒りとか嫉妬心は生まれなかった。

むしろ今は完璧な翔くんにも青い時代があっ

たのかと微笑ましかった……


でも、今は笑えない

だってそんな『憧れの人』と一緒にいるん

だから、昔のピュアな気持ちが甦ってしまう

かもしれないだろ。


若い頃には手の届かない高嶺の花でも、大人

になり力と自信がついた対等の立場の今なら

相手の心を掴むのは可能なはず……


そんだの駄目だ。

翔くんが俺から離れて行くなんて嫌だよ、

何とかして止めなきゃ……


再び不安が襲い気持ちが錯乱し始めた、その

時倒れた写真立てと枕元の写真が視界に入っ

てきた。


隠された俺の笑顔と枕元という身近な場所に

置かれた淡い想いを寄せていた人の微笑み…


「それって俺の顔を見たくないから…?」


ついにその意味を理解してしまった。

それは偶発的に起こったのではなく故意にし

たのだと。


翔くんの後ろめたい気持ちがそうさせた…

電話口での素っ気ない態度はもう俺から心が

離れてしまったから…


………いや、ちょっと待って

そもそも本当に『俺』を愛してたの?

片想いの人に似ていたから付き合っていただ

けかも。




最初から『成瀬  領』の代用品だったんだ……






そ、そんなわけ……