「君は、顔に "出やすい" から気をきつけたほうがいいね。」またもや指摘されてしまった。わかってはいるのだが、自分の表情筋をいかにコントロールすべきかについてはいまのところ全くわからない。というは果たして意識的なコントロールを24時間もし続けられるのだろうか?まあ現状は、無法地帯的に僕の感情が現れる(つまり"出る")、らしい。
表情と感情の関係性は非常に興味深いテーマだと思う。よく、ポーカーフェイスと呼ばれるひとがいるけれども、彼女らは自分の感情を一切心のそとに漏らすことなく平然とした顔でゲームをやり抜ける。昼間に空き巣に入る泥棒もきっとポーカーフェイスの持ち主で、しれっとした顔で侵入を図っているに違いない。それを確認できる人は、限りなく少ないと思うけど。
僕の場合は、彼女達あるいは泥棒たちとはまったく逆のようだ。つまらないことに対する目線はどことなくうわの空で、自分がワクワクしているとき(例えば、やくしまるえつこの歌声を聞いているとき)は、つまらないときとは対照的な表情を見せている。らしい。伝聞形式で書いているのは、僕自身確かめようのないことなので仕方ない。
みなさんはどうであろうか?・・・・多分わからない、もしくは想像つかないと思われる。それもそのはずで、普段表情など意識的に作るのは、シャッターの前に立っているときだけだから。だから、おもしろいわけである。無意識的に作られる自分の表情から、相手は感情を読み取るわけで、これはコントロールしようがない。さらに、表情というはわりと世界共通の認識・印象を与えるそうだ。世界のありとあらゆる人が、僕の表情をみて、「今、この人楽しそうにしているな」と感じうるというのは、一体なぜであろう。