http://yokoyamatakeshi.juno.bindsite.jp/
こんばんは
いつもありがとうございます
学生最後の冬休みに京都に撮影兼ねて一人旅に出ました
もちろん宿も何も決めずに
新幹線に乗込みました
到着したのがすでに3時頃
目的が何も無いので
京都駅でボ~としている時
渡月橋のポスターが張ってあり
そうだ、何度も京都は来ているけど
ここは行っていないな と思い
山陰線に乗り換え
直ちに渡月橋の手前で
考えました
人生を、、、
あと何ヶ月で卒業
しかし就職は決まっていないし
どうしようかと、、、かなり不安な日々の連続でした
そんなおりに一人旅です
お金もほとんど持っていなかったし
(以前よりお金を持たずに旅行に出るのは平気な性分です)
その渡月橋のところにおみくじがあり
なぜかそれを買いました
運試しです
大吉、思いのまま進め 芸術関係が向いているでしょう
とあり、一気にもやもやが吹き飛びました
就職も写真の世界に行きたいけど今ひとつ自信が無く
その他の仕事もどうかな?
という事で
吹っ切れませんでした
そのおみくじ一つで
スッキリ!
かなり単純でしょ
思い出の渡月橋の一枚の写真を撮り(その写真は今でも好きです)
嵯峨野のオクの方へ何となく進みました
すると冬なのにこけが光るようにきれいなところが
ありました
思わず
カメラを出し撮影しだしました
竹の柵から体だけ突っ込んで
不法侵入では無いよと云わんばかりに
僕は学生時代から中盤カメラを持ち歩いていましたから
上からのぞくタイプのカメラです
それでだと思います
後ろから『垣根が壊れるから鍵を開けますから
堂々と撮りなさい』と
なんと 野々宮神社の神主さんでした
後ろを見る勇気はなく
ひたすらこけがきれいなので思わず
撮らせてもらいました
というと『そうかきれいか!気に入ったのだな?』
『よし、出てらっしゃい』
始めてその方の顔を見て明らかに
普通の人ではなく
威厳のある顔だと学生の僕でもわかりました
優しく『プロカメラマンか?』いや学生で
プロを目指すか悩んで旅に出ました
さっきついたばかりです
僕自身野々宮の苔は苔寺のそれよりきれいだと思います
緻密な感じがします
神主さんもそれが自慢なのです
自慢の苔を冷たい地面に寝転がって撮っていたので
気分が良かったのでしょう
もうかなり暗くて撮影は出来ません
その神主さんと立ち話をしながら
自分の自信はどこからくるのか?
人生は一人のものではないとか
いろいろ習いました
本当に優しいいい顔つきで
目は鋭いようなオクの深い目でした
ところで学生さん今晩の宿はどうなっている?
といわれ決めていません
すると電話をしてくれました
その町の町会長さんがしている
民宿を紹介してくれました
野々宮を出る際に
神主さんが神社で売っているお守りに
神主さんのマークと云うか毛筆でサインをして
手渡してくれました
それは今でも僕のお守りですが
自分を大切に生きるんだぞ!
といってくれました
(今現在の神主さんではありません、確か亡くなったのを新聞にみました)
うれしくて、来て良かったと思いました
それから宿は
20分程歩いたかな?
その宿がまたいい宿で
普通の家ですが
そのオヤジさんの話が
すごかった
その地域の言い伝えで
書いて良いのかわからないけど
住友財閥の初代が
シャカ寺の山門まえで
『乞食』をしていたという
目が開かず仕事ができない
しかし毎日恵んでもらったお金の少しを
賽銭箱に入れていた為に
目が見えて
仕事をしだし
商売がうまく行ったというのである
かなり眉唾な話であるが
いまだに
住友本家から
何十万と寄付を頂いているというのである
そんな話を夜中まで聞かせて頂きました
次の日も朝からいろんな方と出会いました
続きはまた後日に、、、、
長々ありがとうございました
ヨコヤマ
こんばんは
いつもありがとうございます
学生最後の冬休みに京都に撮影兼ねて一人旅に出ました
もちろん宿も何も決めずに
新幹線に乗込みました
到着したのがすでに3時頃
目的が何も無いので
京都駅でボ~としている時
渡月橋のポスターが張ってあり
そうだ、何度も京都は来ているけど
ここは行っていないな と思い
山陰線に乗り換え
直ちに渡月橋の手前で
考えました
人生を、、、
あと何ヶ月で卒業
しかし就職は決まっていないし
どうしようかと、、、かなり不安な日々の連続でした
そんなおりに一人旅です
お金もほとんど持っていなかったし
(以前よりお金を持たずに旅行に出るのは平気な性分です)
その渡月橋のところにおみくじがあり
なぜかそれを買いました
運試しです
大吉、思いのまま進め 芸術関係が向いているでしょう
とあり、一気にもやもやが吹き飛びました
就職も写真の世界に行きたいけど今ひとつ自信が無く
その他の仕事もどうかな?
という事で
吹っ切れませんでした
そのおみくじ一つで
スッキリ!
かなり単純でしょ
思い出の渡月橋の一枚の写真を撮り(その写真は今でも好きです)
嵯峨野のオクの方へ何となく進みました
すると冬なのにこけが光るようにきれいなところが
ありました
思わず
カメラを出し撮影しだしました
竹の柵から体だけ突っ込んで
不法侵入では無いよと云わんばかりに
僕は学生時代から中盤カメラを持ち歩いていましたから
上からのぞくタイプのカメラです
それでだと思います
後ろから『垣根が壊れるから鍵を開けますから
堂々と撮りなさい』と
なんと 野々宮神社の神主さんでした
後ろを見る勇気はなく
ひたすらこけがきれいなので思わず
撮らせてもらいました
というと『そうかきれいか!気に入ったのだな?』
『よし、出てらっしゃい』
始めてその方の顔を見て明らかに
普通の人ではなく
威厳のある顔だと学生の僕でもわかりました
優しく『プロカメラマンか?』いや学生で
プロを目指すか悩んで旅に出ました
さっきついたばかりです
僕自身野々宮の苔は苔寺のそれよりきれいだと思います
緻密な感じがします
神主さんもそれが自慢なのです
自慢の苔を冷たい地面に寝転がって撮っていたので
気分が良かったのでしょう
もうかなり暗くて撮影は出来ません
その神主さんと立ち話をしながら
自分の自信はどこからくるのか?
人生は一人のものではないとか
いろいろ習いました
本当に優しいいい顔つきで
目は鋭いようなオクの深い目でした
ところで学生さん今晩の宿はどうなっている?
といわれ決めていません
すると電話をしてくれました
その町の町会長さんがしている
民宿を紹介してくれました
野々宮を出る際に
神主さんが神社で売っているお守りに
神主さんのマークと云うか毛筆でサインをして
手渡してくれました
それは今でも僕のお守りですが
自分を大切に生きるんだぞ!
といってくれました
(今現在の神主さんではありません、確か亡くなったのを新聞にみました)
うれしくて、来て良かったと思いました
それから宿は
20分程歩いたかな?
その宿がまたいい宿で
普通の家ですが
そのオヤジさんの話が
すごかった
その地域の言い伝えで
書いて良いのかわからないけど
住友財閥の初代が
シャカ寺の山門まえで
『乞食』をしていたという
目が開かず仕事ができない
しかし毎日恵んでもらったお金の少しを
賽銭箱に入れていた為に
目が見えて
仕事をしだし
商売がうまく行ったというのである
かなり眉唾な話であるが
いまだに
住友本家から
何十万と寄付を頂いているというのである
そんな話を夜中まで聞かせて頂きました
次の日も朝からいろんな方と出会いました
続きはまた後日に、、、、
長々ありがとうございました
ヨコヤマ
