うちの父親は一言でいえば、『真面目で、頑固、ただ、暴力はしない』

感じでしたね。口癖は『勉強しろ、野球なんかで生きていけないぞ』

しかし、現実はその通りですね。『野球だけ』はNOです。この教えは

間違いではないですが、私は、『野球を通して』学ぶのはOKだと思います。

その為に勉強していたと思います。よく、父親から、毎日、言葉の格闘でしたね。

『勉強せんと皆から馬鹿にされるぞ』と脅された記憶もありました。

自分の父親は昔、『数学者に成りたかった』と言っていましたね。ただ、

その夢は『戦争』の二文字で儚く、散って逝ったそうです。

ですから、その夢を私に託したように感じられます。

ただ、私は母親に似たのか、あまり『勉強には興味』が

なかったように思います。ですから、毎日が大変でした。

自宅に帰ると・・。開口一番・・。

父  『今日の宿題は?』

宿題の中に『算数があると、最悪でしたね』。

父親は目の色が変わり

『おお、それやったら、後から見るけん。出来たらもってこい』

憂鬱でした・・。ある意味、家庭教師でしたね。ただ、私は、

そのプレッシャーで『算数』は嫌いでした。それに心の中で

『いつか親父を見返そう』と泣きながら宿題をしていた記憶が

あります。例えば、こんな状態でした。

ある問題で数式と答えが不正解だと・・。

父  『問題をよく読め、文章の中に答えがある』

私  『はい』・・。『できた・・。』

父  『何でこうなったか説明しろ』

私  『何で?こうなったか』・・。『先生からこしろと教わったから・・。』

父  『なるほど、出来ないのは、丸暗記で考えているからだ』

   『よく聞け、いいか。《00は00から00によって00された。答えは?》

    文章に中で00【で】とか00【から】があるだろ。』

   『この言葉に【+、-、×、÷】が入ってるんだ。だから答えはこうなる。』

   『分かったか。』

正解していても・・。『正解だがこう言う。解き方もあるんだ。』と

未だ習ってもいない公式を並べて説明するのです。

万事この調子でしたね。その時は『嫌だな。又、始まったよ』

こんな感じでしたね。今だから言えるけど、本当に、辛かったし

嫌なことと感じていたし、不満もありました。ただ、泣きながらでも

頑張り続けた裏には『父親の深い愛』があったように思います。

今は、子供にも煩がられる私ですが、最近、父親に似てきたと

言われますね。現在あるのは、父のおかげだと感謝しています。

何故なら『無償の愛』を感じているからです。