引越しを控えたある晴れやかな朝。

 

 

 

その日の朝の便で熊本空港へ、Aさんの温かい支援から始まった。彼は私のために、心を込めて3つのアパートを選んでくれていた。その中から、彼の家の近くにあるアパートを選ぶことに決めた時、私の心は希望でいっぱいになった。この選択は、新しい街での生活に、すでに一筋の光を灯していた。

 

そして、そこからの毎日が、まるで小さな冒険のように思えた。WING SCHOOLへと続く道を、江津湖の沿いを歩いてみることにしたあの日。風は湖面を優しく撫で、陽光は水面をキラキラと輝かせていた。私はそこで立ち止まり、この美しい景色を胸に刻み込むとともに、新しい毎日への夢を膨らませた。

 

想像してみた。朝の光が湖面に反射して、キラキラと教室に差し込む様子を。そして、その光が私の新しいページを照らすのだと。友人Aさんの近くで新生活を始める安心感、そして江津湖の美しい風景が私を迎えてくれること。これらすべてが、私の日々を明るく照らしてくれる。

 

この物語は、挑戦と発見、そして成長の物語。熊本市での新生活が、私にどんな物語をもたらすのか、心から楽しみにしている。希望に満ちたスタート、そして友情と美しい自然に支えられながら、私は新しい章を歩み始めるのだった。

ちょっと今回は番外編。

 

現在、働いている熊本・WING SCHOOLがNHK熊本の長期取材を受けました。

 

NHK熊本で、本放送、再放送の2回放送され、そして、NHKプラスで2週間限定で

 

視聴できることになりました。

 

「お子さんが学校に足がむかなっくなった。」「自分の子どもにあった教育を受けさせた

 

い。」って、思っている方、選択肢の一つにWING SCHOOLはいかがですか?

https://wingschool.jp

 

WING SCHOOLの子ども達の笑顔や様子をご覧ください。

 

https://plus.nhk.jp/watch/st/430_g1_2022122547950?playlist_id=4a908930-ab23-48d1-bd9d-2e33a9fcf99e&fbclid=IwAR2ax2zVLqjSvTfnsyTJZynJ4ePcyrKyB_bCvpeb4wh7pEYeHWAZYc1Alg0

 

 

 

 もらった退職金は1000〜2000万円の間ということで、ちょっと話を濁しましたが、、、。

 

さて、退職金だけかというと、、、

 

他県はわかりませんが、長野県の教員をしていると、給料から天引きされるようになって

 

います。

 

 例えば、税金関係は当然として、生命保険代、銀行の積み立て代(財経)、

 

コープ(coop)、6団体ぐらいあったかな。

 

 それらの団体の中から、お金も返ってきました。それは数万円。

 

 

そして、10月の下旬に退職をしたので、11月の給料はどうなるのかなと、

 

ワクワク・ドキドキしていたら、なんと額面で10万円ちょっと、、、。

 

額面で40~50万円だったのに、、、。

 

「半月働いたからせめて、今までの半分ぐらいは欲しい・・。」と思っていましたが、

 

残念でした。

 

残るは、ボーナスの金額は、、、。

 

 

長野県の中学校教師が50歳で退職したら,

いくらになるのか。

 

早期退職者制度がある一方で、

 

それじゃ、私の退職金はいくらになるのかが気になるところ。

 

退職した後の生活にも直結してきます。

 

退職金は、勤続年数等で計算式があり、事務の先生に聞くとわかります。

 

当然、長く勤務した方が退職金は多いわけですが、

 

①定年まで勤める場合と、②個人的理由で辞める時とでは、当然違う訳です。

 

私の場合は、②の場合ですから、当然、数百万円の違いがあります。

 

(詳細は忘れてしまいましたが、、、)

 

 

ただ、長野県の場合は、大学を卒業してから、60歳定年をした場合、

 

退職する先生方からの話だと、約2,000万円だと言っていました。

 

(これは伝聞ですが、、、)

 

1度、40代後半で退職しようと思った時がありましたが、1000万円は

 

いきませんでした。

 

ということで、約1000~2000万円の間の金額をもらいました。

 

退職金にもらって、ついに退職です。

 

 

 

 

 

 

 

前回は、退職届を出したところまで。

 

朝に退職したいことを伝えた。さあ、文化祭。コロナ禍での文化祭だったので、

 

体育館に全員一同に集まったりしなかったが、最大限の文化祭を終えた。

 

午前中も「終わったなぁ」と思っていると、校長先生よりお話が、、、。

 

 

 

 もう一度、意思確認。

 

 

年度途中の退職は迷惑をかけるのは重々承知である。本当にここは心苦しい。

 

長野県では、50代になると早期退職制度があり、退職金が700万円プラスされる

 

制度がある。3月までは働いて、その制度を使うのはどうかとのお話。

 

 しかし、人数制限があるので、必ずそれを受けることができるのか、わからない。

 

それは断った。えーん

 

 そして、次の退職の準備を進めていく。

 

 

  しかし、乗り越えられない壁はまだまだあった。

 

 

  

             

 

 

 

 

ついに、辞職届を出す日の朝がやってきた。

 

当日は文化祭。タイミングが悪いなぁ、、、。

 

朝、校長室へ!

 

校長先生に朝の挨拶をして、辞職届を出した。

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、いいから。」と言われた。

 

「え、いらなかったのか?」と思い、スーツのポケットに入れた。

 

校長先生から理由等を聞かれた。熊本への思いを告げた。

 

そして、私の初めて書いた辞職届は家のゴミ箱の中へ、、、。えーん

 

家族の次は、、、年度途中で辞めるって・・・!

 

なんとか家族の同意を得て、次のハードルは学校長に伝えること。

 

どうやって伝えるのか、辞職をした人を周りに見たことがない。退職の方はいるが、

 

辞職となると、、、。

 

ここで伝えておくが、私が年度末の3月で辞めるのはそれほど大したことじゃないが、

 

私が辞職をしようとしたのは、年度途中の9月下旬。

 

この時期に私が辞めると、校長先生は私の代理を探さなければならない。現在、

 

65歳まで働く教員が多いので、なかなか代わりがいないのが実情。校長先生には

 

「迷惑をかけて申し訳ないなぁ。」と思いながら、どうやって伝えるべきかを考える。

 

そして、やはり辞職願を出そうということで、人生初めて辞職願を書こうと決意を

 

する。

 

 

辞表の書き方って・・・?

 

それじゃ、「書こう」とするがどんな形式なのかわからない。

 

そこで、ネットで検索する。「辞職願い」、「辞職届」などなどいろんな名称が

 

あり、それぞれ意味が違う。そこで、私の場合は、「辞表」ということで、落ち着く。

 

そして、内容。こちらは例文がどのサイトを見ても同じような形式であった。

 

こちらはそれ程、悩まずに書くことができた。

 

あっ、そういえば、何に書くか。

 

それは、卒業式に答辞の時に使われる用紙を購入し、久しぶりに筆ペンで書き上げた。

 

緊張して、バランスが悪くなってしまった。それを、妻にも見せて、「明日、渡してく

 

る。」と言って、明日に備えた。

 

しかし、次の日、まさかの展開が、、、。

 

 

 

 

 

 

「熊本へ大学を作りに行こう!」と強く思ったが、次にいろいろなことが頭を

 

よぎって来た。妻、娘、両親、その後の収入、学校への迷惑度などなど。

 

まずは、家族の同意が一番大切だ。

 

 

 妻に思い切って言ってみると、「いいんじゃない。」とあっさり一言。

 

私が朝、学校へ行こうとしている姿があまりにも、しんどそうオーラを出して

 

いたようだ。このまま、退職までの10年間その姿を見てはいられないと言われた。

 

妻の思いを聞いて、本当にありがたかった。(もう一生、頭が上がらない。笑)

 

 

 次に、両親との話。父親は「お前の人生だから。」という言うことで、認めてもらった。

 

母親は、長野に残る「妻、娘が心配である。」とのことであった。当然の反応であり、話し

 

合いの中で、どうにかOKをもらった。

 

 

 自分の中で、一番のドキドキしたのは妻の両親に伝えることであった。妻は長野県出身

 

ではなく、東北出身である。妻の両親から見れば、「長野県に嫁がせたのに、単身赴

 

任?それも、教員を辞めて、、、。」

 

どんな反応がなのか、本当にドキドキした。電話をかけてみる。

 

妻のお父さんとお母さんとの話、「まあ、いいんじゃない。」との返事をみる。

 

妻のお父さんも単身赴任で、5〜6年アメリカに行っている。

 

これで、家族との話は終わった。

 

 しかし、次の山が高かった。

 

 

 

 

 

 

 それまで、長野県の教員をしていた。残り11、12年? で、そのまま退職するものと

 

思っていた。

 

が、しかしその日はやってきた。

 

熊本の知り合いがclub houseを開くと言うことで、そのルームへ。

 

様々な話を聞いていたら、いきなり「大学作りのプロジェクトを始めている。」

 

いう話がズキュンと耳の中に飛び込んできた。「大学作り?、そんなことできるの?」

 

と思いながら、「やってみたい!参加したい!」と言う気持ちは抑えることができなかっ

 

た。

 

 そして、最後に「一緒にやってくれる仲間を募集している。」とのコメント。

 

もう聴き終わってから、「熊本に行きたいなぁ!」と言う心のときめき感は止めることが

 

できなかった。

 

 でも、「 熊本に行く」ということは、今の生活がガラッと変わることを意味する。

 

特に、家族のことが一番、心配だ。どうやって、妻に伝えるか、数日間かかった。

 

 

 

 

 

 

 

DROBE

 

次回に続いて、、、教師は聖職者と言われていますが、教師も人間ですから、

 

職員室や研究室でもいろいろな人間関係が存在します。

 

私は「職員同士が協力していければ」と思っていましたが、実際は違いました。

 

私は、2回パワハラのようなものに会いました。

 

1回目、小さい学校でしたが、知り合いのちょっと年上の教員でしたが、

 

いろんなことをいじってきます。「そんなことまで言うのか!」と思っていましたが、

 

気の弱い私は流していましたが、更にヒートアップ。まあ、神様は見ているもので、

 

その方は出世欲がありましたが、夢叶わず。

 

2回目は、何かとマウントを取るこという方でした。まずは、大きな声、目の威嚇、

 

生徒が自分の言うことを聞いていることが、指導できていると思っているようでした。

 

よく、部活動の子ども達は、私にはわからない理屈をつけ、泣きながら帰っていきました。

 

その中で、子ども等の心が成長すればいいと思うのですが、。

 

最後には、保護者からの訴えで部活動の顧問から外されましたが、、、。

 

いろいろ、教員をやっていると、???があります。