宇宙&科学
燃料不要の夢の
宇宙エンジンは可能
NASAが発表
容器の中で電磁波が壁にぶつかる
だけで宇宙船が飛ぶ「EMドライブ」
2016.11.25
NASA研究室のEMドライブ試作品。(PHOTOGRAPH COURTESY AIAA)
アメリカ-NASAジョンソン宇宙センターの研究チームは11月17日、推進剤を使うことなく真空で宇宙船に推力を与えられる電磁(ElectroMagnetic)推進システム「EMドライブ」 の実験的証拠を公式に発表した。
EMドライブは、密封された容器の中でマイクロ波(電磁波の一種) を反射させるだけで、電力を推力に変換する装置だ。 エンジンの軽量化につながり、理論的にはわずか70日でロケットを火星まで飛ばせられる。
(参考記事:「米スペースX、壮大な火星移住計画を発表」 )
しかし、EMドライブは古典的な物理法則に反していることが以前から指摘されており、NASAが言うように実際に動いたとしても、その原理は依然としてわからない。 これまでも、EMドライブに関する検証は報告されていたが、疑問視する意見も多く、ほとんどの物理学者はこれを似非科学の領域に押しやっていた。
(参考記事:「科学を疑う」 )
ところが、NASAの最新論文は第三者の科学者の審査を経て発表されたもので、これによってEMドライブ実現の可能性は一気に高まった。 はたしてこれは宇宙旅行革命の始まりなのか、それともやはり 「不可能な」 宇宙船のエンジンとして終わってしまうのだろうか。
(参考記事:「「彗星ヒッチハイカー」と「氷衛星の中心への旅」」 )
EMドライブとは何か
20年近く前に英国の科学者ロジャー・ショーヤー氏によって提唱されたEMドライブは、その後NASAの先端推進物理学研究所、別名イーグルワークスのエンジニアたちによって開発され、試験されてきた。簡単に言えば、イーグルワークスのEMドライブは電磁エネルギー(この場合はマイクロ波光子) を、円錐形の密閉容器の中で反射させて推力を得る。 光子が容器内の壁にぶつかると、容器からは何も噴射されないのに装置はどういうわけか前に進む。
広大な宇宙空間を高速で経費効率よく移動するには軽量化を目指すことが重要だが、EMドライブが実現すれば、宇宙船は文字通り何トンもの推進剤を積み込むことなく飛行できることになる。
(参考記事:「推進剤は火星で製造、最新版「火星の帰り方」」 )
現在、太陽系内惑星間航行にて宇宙船推進手段として主に利用されているのはロケットですが、この場合=水素と酸素を燃焼させた莫大なエネルギーで推力を得る方法と、惑星探査機の推進に使われているイオンエンジン=キセノンガスを電気で反応させプラズマ化させることで推力を得ている。
どちらの方法も化学反応推進であることから推進剤というモノがどうしても必要である、これが現在のロケット・宇宙船の推進手段の欠点であり、宇宙飛行士を月までは送り届けることは出来ても、火星より遠方の木星、土星、更なる先へ送り届け、地球へ無事に生きて帰還させることが出来ない大きな要因なのです。
この宇宙飛行最大の欠点、推進剤を必要とすることで太陽系内であっても膨大な量の燃料を宇宙船へ搭載する必要がある為に、超々長距離航行には不向きである。()
物理法則に反したエンジン
1687年、アイザック・ニュートンが古典力学の礎となる3つの運動の法則を発表した。 それから3世紀の間、これらの法則は数々の試験を乗り越え、繰り返し実証されてきた。(参考記事:「アイザック・ニュートン、業績と人物」 )
問題は、EMドライブがニュートンの第3法則である作用・反作用の法則に反していることだ。 この法則は、全ての力にはそれと反対方向へ大きさの等しい力が存在するというもので、例えばオールで漕ぐとカヌーが前進する現象もこれで説明できる。 水中でオールを動かすことで加えられた力が、カヌーを反対方向へ推進させる。 航空機のジェットエンジンもまた、高温のガスを後方へ噴射させることで飛行機を前進させている。
ところが、EMドライブは何も噴射しない。 これが物理法則の基礎である 「ニュートンの第3法則」 と、もうひとつの古典力学の教義である 「運動量(エネルギー)保存の法則」 この2つと矛盾するのだ。
EMドライブが何も後方に噴射させずに前進するとすれば、その推進力を説明する 「作用の力学が何も存在しない」 ことになる。
たとえば、車の中の人がハンドルを叩くだけで進んだり、宇宙船の乗組員が壁を押すだけで目的地に到着できたりするようなものとなっていまうのだ。
(参考記事:「「スター・トレック」のワープは実現可能か?」 )
各国で繰り返される試験
2014年に、イーグルワークスはEMエンジンが実際に動作したことを示唆する初期試験結果を発表し、科学界を驚かせた。 その後は、条件をさらに厳格化して実験を繰り返してきた。他にも、米国内やヨーロッパ、中国で少しずつ形は異なるものの、EMドライブの開発試験が行われている。 独自にエンジンを作って試験しているDIY EMドライバーたちのコミュニティも存在する。 しかし、実際に動作することを最終的に証明できた者はいない。
今回の発表の価値は
NASAの研究チームは、論文審査のある科学誌に実験の結果を発表した。 審査があるからと言って必ずしも論文が正しいというわけではないが、少なくとも数人の独立した科学者らが実験の設定、結果、解釈を査読して、納得できると決断を下したということである。論文の中で研究チームは、宇宙空間と同じほぼ真空の状態でEMドライブをどのように試験したかを説明している。 エンジンをねじり振り子の上に置いて作動させ、それが動いた距離からどれだけの推力が生まれたかを調べた。 その結果、EMドライブは電力1キロワットあたり1.2ミリニュートンの推力を得られると論文著者は推定している。
従来のエンジンと比較すれば大した力ではないが、燃料を全く使わない条件であれば見過ごすことのできない数字だ。
(参考記事:「NASAがソーラーセイル探査機、広がる可能性」 )
その原理は?
まず第一に、EMドライブが本当に推力を生み出すことができるのかは、いまだはっきりせず更なる検証が必要だ。 しかし、その原理についてはいくつかの意見が交わされている。イーグルワークスは、量子レベルで行き交う粒子の荒海である 「量子真空仮想プラズマ」 を、マイクロ波光子が押しているのではないかと考えている。 しかし、量子真空仮想プラズマなるものが実在するという証拠はないと、米カリフォルニア工科大学の物理学者ショーン・キャロル氏は言う。 量子真空は存在しても、光子が押せるプラズマは生み出さない。
論文はさらにパイロット波理論を使い、量子真空を使っていかに推力を生み出すかを説明しているが、この解釈は現在の物理学の主流ではないとも断っている。
英プリマス大学の物理学者マイク・マカロック氏は、EMドライブがウンルー輻射に関する慣性の新理論を証明していると主張する。
ウンルー輻射とは、加速する物体が感じる熱のようなものである。 マカロック氏によると、円錐形のEMドライブは広い部分と狭い部分でウンルー輻射の波長が異なるため、内部の光子がぶつかるたびに慣性が変化し、推進力が生まれるという。
しかし、ウンルー輻射の存在もまだ実験的には証明されていない。 またEMドライブの容器内で光の速度が変化するという点も、「アインシュタインの特殊相対性理論に反する」 と、米ローチェスター技術研究所の物理学者ブライアン・コーバーライン氏は言う。
(参考記事:「地上の原子時計で相対性理論を確認」 )
物理法則に反した理論の研究が、結局は欠陥的な実験の結果であったという例は過去にいくつもある。
今回の論文の中で、著者らは空気の流れや電磁放射の漏れ、磁気相互作用など9つの実験誤差の可能性を指摘しており、今後も検証を重ねていく必要がある。
人類の火星への旅は、もはや夢物語ではない――。
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