「返信不要」。

それは、単なる受け手の手間を減らすための気遣い文句ではない。

メール送信の効果には、メール内容すなわちメッセージを伝えることと、挨拶や対話を発生させるということがあるが、後者を取り除くことにより、前者が極大化される、すなわち、メールが持つメッセージ性が、純粋に近い形で受け手に伝達される。


言い換えれば、その場ですぐに返事をして

了解の意を示すことができないということ。

メールで指示を受けるならば、指示を確実に守ることでしか返事をすることができなくなる。叱りの言葉をかけられるならば、指摘を確かに自分の心に刻み込んで、次は同じ叱りを受けないように常に意識することでしか、返事をすることができなくなる。


少し気持ちを引き締めさえすればできたことを、面倒だからといって、実行しなかった。

時間はあったのに、動かなかった。


ああまずい、動かなかったということで

謝罪のメールを入れた直後に返ってきたメール。

謝れば済むわけでないし、これから改めて謝る必要もないです。


仰る通り、謝る必要はありません。


謝るのではなく、指摘を受け入れ次に活かして欲しいというのが送り手の意図。

次に活かされ、物事が以前より良い形に進んでこそ、送り手がメールを送った甲斐を実感できる。情報伝達を円滑にするための形式ばった挨拶など、本来は必要ない。


謝るのはただ一言、最低限必要なだけで良い。

その代わりに、いただいた叱りをしかと受け止めよ。

メールにて指摘してくださった方に対し、今後は絶対に同じことで叱る手間をかけさせないように。

心して日々の業務に臨め。