真っ赤な力でデストロイ -5ページ目

プラスチック・ワールド・エンド②

「人の歴史のスピード、それに伴った技術の進歩が我々の命題だ」


かつて優秀な技術者であったころの彼、バッジーはそう思っていた。しかし、その当時から薄々感づいてはいた。自分の国、いや自分の星が、ずいぶん昔に技術的特異点を迎えてしまったということに。今や技術者として優秀であることはかつての意味など持たなかった。ヒトの技術の限界、人類の頽落、人工フルーツジュースに浮かんだ種子パルプのように、無感動な営みを続けながらのんびり腐敗していく人間だったものの残滓。技術者とは、それらをなるべく長生きさせるためだけの虚空のマラソンランナーだった。あるとき、彼が窓の外を眺めていると、一人の老人が斜向かいのビルの屋上から飛び降りた。老人は、机から消しゴムが落っこちるみたいに、なんの主義も主張も怒りも悲しみも諦念すらないといった様子でスッと飛び降りたのだ。それは玄関で靴を脱ぐような、当たり前の行動だと言わんばかりのスマートさだった。ドンという音がして、老人は『腐ったトマトピューレを床にこぼしただけの現代アート』みたいになった。辺りは一時騒然としたが、すぐに巡回用の掃除機が散らばったトマトピューレを回収して、ものの三分程度で何の跡形もなくなった。そんな一連の流れをボケッと眺めていた彼は、不意に全てがどうでもよくなった。技術者としての彼の歴史は、そこで完全に閉じてしまった。


仕事を終えた彼が研究所を出ると、日ははとうに沈んでいた。街は色狂いババアの口紅コレクションみたいに、臭うほどド派手なネオンのオンパレードだった。外壁という外壁全てに埋め込まれたパラメトリック・スピーカからは、白々しい抑揚の自動音声サービス(昔でいうところの音楽)が、時差パウダーだか記憶シュガーだか、ドラッグの類を宣伝していた。アジア連邦と名付けられた国家構成体に組み込まれた日本は、まだ全体主義的な統制の手が及んでいない国の一つだった(亜連では珍しくない)が、その代わりに、いわゆる裏社会が強大だった。医療の進歩は結果的に医療従事者を減らし、あぶれた医者は合成麻薬の精製か、死体の後処理などで食い扶持を稼いでいる者がほとんどだった。


彼が夜空を見上げると、月明かりがネオンサインを睥睨していた。太陽は既にプラスチック製の人工太陽に置き換わってしまっていたが、それはこの街にとって、むしろ世界にとっても興味の対象ではなかった。彼が最後に本物の太陽を見たのも、まだ彼が二つか三つの時だったし、当時の、狂ったようにギラつく日差しよりはいくらかマシになったような気すらしていた。もちろんそれは、環境破壊がもたらした結果であり、人間が太陽に近づきすぎた末路とも言えるのかもしれないが、そんな因果を考えるほど人々の頭は冴えてはいなかった。


若くして世を倦んだ技術者は、耳に突き刺さるようなパラメトリック・スピーカの合成音声にうんざりしながら帰路に着いた。


彼が、ブレイン・サージェリー(脳手術)と呼ばれる少女、そしてユーライアという青年と出会う三十年以上前の話である。

bye 2 bae

雨にぬれてざらざらした路上で

きみは、おれだけが見ることを

ゆるされた死体になるのだろう

シャリシのこわれ具合や、

皮膚のいたみ具合も、

すべてひっくるめて、おれにしか

理解できない死体になるのだろう

それは、おれも同じなんだろう

ふり向けば、マシンガンの

片脇からブルースが流れてきて、

こんなどしゃ降りの貧民街で、

おれたちは蜂の巣になるだろう

穴があるから落ちるんじゃねえや

落ちるところに穴があるんだって、

あいつは最期にぼやいてたっけ

ああ、おれたちもここで落ちてくんだな

でも、まだ時間はあるみたいだから

プリンシパルみたいに踊ってみるか

笑うなよ、あんた、

冥土の土産にひとつどうだい

心臓をつかまれた男

心臓をつかまれたんだ

魚のエサにされるために

その血はぬくいかい

その血は生ぐさいかい


心臓をつかまれたんだ

コンクリートに食われるために

でもその昔とある神は

凝血が人をつくったと聞いた


心臓をつかまれたんだ

昨日のことを忘れるために

その手をよごすために

赤いシャボンが浮かんだ


虫が鳴いている


キリキリと頭がいたむのを

ゆうべの酒のせいにして

帰りを待ってた、おれは

心臓をつかまれたんだ