https://twitter.com/Kumi_japonesa/status/1681137443255508994?s=20 

 


その上、ウクライナ軍のドローンが飛んでいたので、我々が陣地を出て、うつ伏せになって、持っているもの全てを引き渡すのを見て、我々が降伏しようとしているのを知っていた。

それで我々に爆弾を投下し、私は負傷した。
想像してほしい。

私はショックを受けた。


嬉しい驚きだ。

向こうでは、全てが最悪だからロシア軍に降伏しない方がいいと言われていた。

だが、ロシア軍は撃つのをやめて我々を戦闘地域から救い出し、出血多量でここにいるのは危険だと言った。
私がどれほどほっとしたか。
わかってくれ、私は嘘をつかない。
本当に驚いた。

我々を人間として扱ってくれたんだ。

スペイン語字幕からの翻訳です。
降伏しようとして自軍に撃たれて負傷したウク兵。



https://twitter.com/Kumi_japonesa/status/1680500533545639937?s=20 

 

心理学者がいて、ロシア人は悪辣だから殺さなければならないと私たちに教え込んだ。

ウクライナ人がロシア人を殺害すればスラブ人は幸せになる、ロシア人は悪人だ、ロシアは準備できてない、と言っていた。

私たちは連れてこられて1ヶ月間、重要なことは何もしていなかった。
訓練は劣悪だった。

思うに、我々をそこに連れて行ったのは資金洗浄のためだったんだろう。

戦闘が始まってすぐに、私は武器を投げ出し、降伏するため這って塹壕を抜け出した。
私は死にたくなかった。
ロシア軍は穏やかに、プロらしいやり方で私たちを捕虜にした。
誰も殺さなかった。

私たちは戦争に行きたくなかった。
常に、戦線には行くなと言われていた。
せいぜい3列目あたりまでにしておくよう言われた。
私たちは普通の武器も渡されていなかった。
私たちは戦う道具さえ持っていなかった。
騙された、司令官たちは私たちを裏切った、私たちは大砲に与えられた餌だったのだ。

兵士たちは戦いたくなんかない。
こんな戦争、必要ない。
多くの者が戦死した。
戦わず降伏したかったが、味方の兵士たちに撃たれるので後戻りすることもできなかった。

─仲間に撃たれるかもしれなかったのですか?

そうだ。
司令官がそういう命令を出していたようだ。

─そういう例がありましたか?

ある。
私たちは逃げ場がなかった。
私たちはただ生きたかった。

だから降伏した。


軍に入って最初のうちは、月に20,000フリヴニャ(620ユーロ)支払われた。
それに30,000フリヴニャ(930ユーロ)のボーナスも出たが、我々には一度も渡されなかった。
月に20,000フリヴニャだけだ。

私たちが降伏した後、家族に金が下りないよう、私は行方不明者として発表された。
状況は「生き残れる者は生き残れ」だ。
友情は役に立たない。
45歳とか55歳とか、それ以上の年長の者たちがたくさんいた。

私たちは、ウクライナがロシア戦争しているのをいかに「西側」が喜んで見ているか、よくわかったよ。

召集兵たち、友人たち、それに、みんなに言いたい。
戦争になど行かなくていい。
家に逃げ帰れ。
こんな戦争、必要ない。
私たちをここに放り投げて大砲の餌にしている。

私は命があって、ここにいて幸運だった。
みんな家に帰れ。
家族といろ。

スペイン語字幕からの翻訳です。
"ウクライナとロシアの戦争を「西側」は喜んで見ている"。
的確な言葉だと思う。

 

大隊の軍曹が来て「ロシア軍が我々の陣地を襲撃しているから、援軍が必要だ」と言いました。
私たちは登録に10分だけ与えられ、陣地に行きました。
そこでは、援護されていないことで兵士たちのモラルも消え失せ、既に戦うことを拒否していました。
怪我人もたくさんいました。

私たちは見張り台に行ってそこを守るよう言われました。

そこで1時間後、別な任務を与えられ、他の見張り台に行ってそこを確保するよう言われました。


そこには既にロシア軍がいたので、私たちは拒否しましたが、そこには誰もいないと言われました。
私たちは囲まれました。

囲まれていると気づくまで、私たちは銃撃しましたが、降伏しました。
たくさんの兵士が負傷しました。
私たちは彼らを、すぐにではないけれど可能なときには、集めて連れてきました。

ここでは、私たちは寛大に扱われて、誰も殴ったりしません。
普通にしています。
収容所の環境も普通です。
何の不満もありません。

私が言いたいのは、もう充分戦いました。
戦争を終わらせるときです。
誰も戦争など必要としていません。

スペイン語字幕からの翻訳です。
淡々としてますね。
「戦う気満々だ」と言っているのは、戦ってない人じゃないですかね