地球と、橋と、道と。
地球規模で見れば小さいことだ、という文句がある。しかし地球だなんてそれこそ規模が大きすぎてなんの現実味もない。イマイチ救われない。ごめん翔くん。宇宙はムリかもしれない。Hey Yeah!はとても好きです。電車に乗った。コンビニが見えた、と思ったら1秒とかからず通り過ぎた。弟の友人がコンビニバイトでの人間関係に悩んでいる、と言っていたのを思い出した。わたしの地元のJR線はそもそも新幹線が通ることを想定して造られた。ゆえに高架上を走っている。そのコンビニが住宅と田んぼと畑に囲まれているのを上から見下ろした。これは小さな「地球規模で見れば」という体験かな、と思ったんだ。ああ確かに地球の片隅だ、と。球体に隅っこがあるのかどうかはさて置き、実際電車に乗ると1秒足らずで通り過ぎるほどには小さな世界だった。こんなものだったのか、と。こうしてふいに自分の世界が変わる。そのたびに一喜一憂してきた。きっとこれからもそれを繰り返していく。だからわたしは「ずっと」や「約束」なんて言われるとどうしても構えてしまう。「ずっと」は分からない、「約束」しても変わってしまうかもしれない、こんな考えかたって重たいなぁと自分でも思うけど、こういう言葉にはサッと気持ちが引いてしまうところがある。ジャニーズではないとある2人を気になりだしたときがあった。Aさんは「ファンだと名乗るなら、ファンとしての自覚を持って行動してほしい」と言った。最もだ。ファンだと自ら名乗るならそれなりの行動をとるべきだと思う。しかしBさんは「好きになってくれたならファンだと名乗ってくれていい。嫌いになったなら、飽きたなら、ファンはやめてくれて全然いいよ」と言った。わたしが最終的に好きになったのはBさんだった。潤くんもまた、ファンに対して求めることのないひとだなぁと思う。自分がカッコいいと言われる容姿だと知ってるし、その魅せかたも知ってるし、自分が率先してライブ演出に関わっていると公言(も同然だと思う、今)した以上、それらのクオリティも含めて自分が評価を受けると知っている。送られる賛辞も批判もぜんぶぜんぶ受け止めて、自分の、自分たちのカラダに吸収していくひとだと思ってる。ファンに「いつまでも」を背負わせないのは、彼にとってそこは重要ではないからで、そこに頼るつもりもないからだ。流動的で危ういものだと知ってるから。あゝ好きすぎる困るやめてほしい(でた)実は今年、友人にひろってもらってツアーに行けることになりました。京セラドーム28日。もし行かれるかたがいらっしゃったらぜひお会いしましょう~~♡好きだなぁと思う潤くんのことばを置き土産に、電車に揺られて帰ります。今日は楽しかった~「人生を先の見えない1本の道にたとえると、俺を見てくださってる方たちも、自身の人生の道を懸命に歩いていらっしゃるんだと思う。その過程で、俺という人間を必要としてくださる時間があって触れ合うことができてる」「その人の人生のほんの一瞬、たまたま興味を持ってくれるだけでもいい。その時に何かを伝えられたり、何かの拍子に俺の言葉を思い出してもらえるくらいで」