リストクラッチ・エクスプロイダー -186ページ目

映画:1000年の山古志

リストクラッチ・エクスプロイダー-TS3E155700010001.JPG

ああ、やっぱりそうだったんだ。

映画の中に陽光台仮説住宅って出て来るんですが、それは越後丘陵公園に程近い場所。

2005・2008・2009年に「音楽と髭達」(2005と2008に行きました)、

2006年に「a-nation」をやった場所(もちろん行きました)ですね。

私がたまたま長岡に温泉があると知って、行った場所が越後丘陵公園に近い温泉施設。

その後、上記の通りライブに行って、仮設住宅があることに気付いたのが2006年。

2004年10月に起きた中越大震災の避難民、山古志の方もその仮設住宅にいたわけです。

ま、これだけ関連があるだけに見に行かないわけにはいかないでしょう。

山古志村の話は一部、映画「マリと子犬の物語」になってますので、ぜひ御覧ください。


写真にもある通り、山古志は高地にある農村です。

当時はその家屋のほとんどが全壊し、山も道路も崩れ、ヘリコプターでないと脱出できないような場所でした。

映画の中では1人1人がやっぱり山古志に戻りたい、昔のように仕事をしたいと周りの方の力を借りながら頑張っていきます。

60歳ぐらいのお婆さんは、家を無くし、半分以上の田が崩れて無くなってしまったが、農業を続けたくて、一部復活した高地の田んぼに水を引きます。

計測もせず、300メーターのホースをおもむろに買って来て、友人と笹をどかしながら繋ぎます。素人の手付きながらなんとか引っ張るが、長さが足りない。

さらに継ぎ足し分を買ってきて田んぼまで繋ぎます。

出るかどうかもわからないホースの先から、やがて水が流れ出します。


錦鯉作りの父が亡くなって、会社を辞めて跡をついだおじさんは、わずかに残った鯉を品評会に出します。

見よう見まねでなんとか辿り着きますが、手続きで鯉の長さを書く必要があり、急遽物差しで計ろうとします。

放流したまま計ろうとするから、鯉が泳ぎながら逃げます。

そんな状態でも、小さい稚魚で部門優勝。無事、跡継ぎのスタートを切ります。


牛舎をやっていた親子は共同の牛舎を友人と再生。地震で下敷きになり死んでしまった牛達を思い、新しい設計の牛舎で復活します。


皆、震災当初は涙と絶望の表情しか無かったのに、1年、2年と経つうちに笑顔に変わっていきます。

新しい家、新しい道具、新しい出会い。

もちろんそれは旧来からの仲間、村、県、国からの援助もあるでしょう。

それに感謝しながら、生き生きと笑顔で立ち直っていく姿。


結局、7割の方々が山古志に復帰できたとの事。


この村には伝統があり、歌があり、祭りがあります。

生まれ変わっても山古志がいいと、皆言います。

こんな村だからこそ復活する力があるんじゃないかと感じます。

自分達はこれだけ長い間耐えられるだろうか?

諦めずに復活しようとするだろうか?

協力し合えるだろうか?


涙や笑いに感動しながら考えてしまいました。


(_´Д`)アイーンが「アイーン」である理由

あいーん。

誰でも知ってるあれです。


最初は言葉を発することなく、口を(´Д`)にするだけでした。

それが、何人かの人が
あれは“アイーン”だと言い始めました。


有名なのは岡村隆史。

他にも何人かいましたが、それは90年代後半。

80年代前半に(´Д`)は流行したので、つまり、誰か1人、あるいは各地方で何人かが言ったのが広まったのでしょう。


私の友達も志村けんの大ファンで、それを言った1人。

よく彼は、
「あれはアイーンだ!まちがいない!」
と言ってました。

彼の代名詞はアイーンで、みんなオリジナルと思ってました。

毎年の年賀状にも、
“今年もよろしくアイーン”とか書いてました(笑)


インターネットも、携帯もない時代。

雑誌に書かれていたら別ですが、関東の田舎の少年が誰かのギャグをパクったとは思えません。

親戚や遠い友達とか?

それぐらいですよね。


やっぱり彼がオリジナルだったのか?

ただ、私は彼が言っていたアイーンが国民的ギャグと同じって事に嬉しさを感じます。

今期のドラマは…

リストクラッチ・エクスプロイダー-20090828-00000523-san-ent-thum-000.JPG

「不毛地帯」を見なさい!(強制)


なぜなら…

唐沢寿明が顔小さいから!(違っ)


なぜなら…

俺が2年ぶりにドラマ見たくなったから!(笑)


なぜなら…

ほんのちょっとだけ私に縁があるからです!(^∇^;)


以上w( ̄▽ ̄)w