リストクラッチ・エクスプロイダー -102ページ目

4Minute記事:BLT 7月号

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なんじゃこれ(笑)

ソヒョン怖い(°□°;)

可愛いアイドル、女優達の笑顔が並ぶ雑誌で、ひときわ異なるものを叩きつけますね~(^O^)

カッコ良いわあ(*^o^*)


ガユン「握手会の時にファンの皆さんが『雪の華』が良かったよと、たくさん声をかけてくださったんですよ!」

はいはいはいはーい!!!!!(^o^)/私言いましたよ~(笑)
だってマジで良かったんだもん(*^o^*)


ちなみに左から、ジヒョン、ヒョナ、ソヒョン、ジユン、ガユンです。

覚えてますよ(^o^)/

(ガールズは覚えるのが得意な人です(爆))


Girls Award 2010記事:・・・

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ちょっとうがった見方じゃね?

なんか部分、部分はあってるんだがな~。

ちなみにレポーターは○びる優。

まあ、なんか凄いメンツだったよね。

それからIKKOさん。肩幅や首筋はおっさんでした(爆)

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5月22日、「Girls Award 2010」に登場した沢尻エリカ。"ハミ尻エリカ"というスポーツ紙の見出しに吹き出した人も多かったであろう。「沢尻が最大の注目を集めることは必至」という芸能メディアの事前の煽りとは裏腹に、現場では沢尻にブーイングが飛ぶほどの不人気ぶりだった。

 それもそのはず、当日の観客のほとんどが東方神起のファンだった。活動休止中の東方神起メンバー、シア・ジュンスがソロライブを行なうとあって、熱狂的なファンが殺到した形だ。

 当日は1階、2階どちらのチケットを持っていても約2,000席のアリーナ席と交換できる抽選があり、当然"熱心なファン"はそこに並んでいたのだが、この行列は東方神起のグッズを持つ女性だらけ。また、この日は出演順などのスケジュール詳細が公表されておらず、東方神起ファンでも冒頭のファッションショーから鑑賞しなければならなかった。IKKOのダンスを挟んだライブは、BENI、JULIET、青山テルマ&SoulJa、黒木メイサ、西野カナの順に進み、この時点で既に5時間近くが経過。さすがのジュンスファンも待ちくたびれたという態度になっていた。

 そんななか登場したのが沢尻。一連の騒動に対する嫌悪感もあったのか、観客からは激しいブーイングが浴びせられ、「帰れっ!」「あんたなんか見たくない!」といった罵声も飛んだ。沢尻は尻のハミ出した衣装で注目の新曲を口パク、約5分間のダンスを披露したが、「それまでたくさんの女性歌手が優れた美声とパフォーマンスをしてたので、かなりしょぼく見えた」と来場者女性。男性アイドル目当ての女性客にハミ尻を見せても無反応だった。

 この直後、ジュンスが2曲を披露するミニライブに登場するや、沢尻の出演時とは一変、悲鳴のような大歓声が起こり、観客全員が総立ち。その振動で会場が地震のような揺れを起こしたほどだった。これまた、比較対象として沢尻の不人気が際立たせた形だった。

 結局、アリーナ抽選会に加えて、詳細スケジュールを発表しなかったのも、東方神起ファンを釣って沢尻人気に見せかけた主催者の戦略であったという印象だ。実際、会場内で販売された沢尻のCDも3枚しか売れなかったことが判明している。

 イベント後、テレビの取材クルーがやたらとファンをつかまえて「沢尻さんは綺麗でした?」と必死にポジティブな発言を誘導尋問のように採取しようとしていたが、やはり反応は悪く「嫌いなんで......」と拒否する客も多々。取材スタッフも困った表情をしていた。

 この日、口パクの理由として発表された「ヘッドマイク故障」も嘘であったことが判明したり、会場周辺に街宣車が現れてエイベックスの松浦社長やスターダスト細野社長を批判する声明を叫んでいたり、沢尻のスタイルがエステCM時とは明らかに違う太い足をしていたりと、結局は話題を提供してくれた沢尻エリカ。いまや芸能界一のワイドショー要員となった彼女にとっては、面目躍如の一日だったかもしれない。



訃報:ラッシャー木村さん

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ダンディーなしゃがれ声。

ほのぼのとした佇まい。

沢山の喜びを与えてくださり、本当にありがとうございました。

安らかに。

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元プロレスラーで2003年からプロレスリング・ノアの終身名誉選手会長に就任していたラッシャー木村さん(68)が24日、腎不全による誤嚥性肺炎のため死去したとノアの公式ホームページで発表した。

木村さんは1941年北海道出身、大相撲の宮城野部屋を経て日本プロレスに入門。その後東京プロレスから国際プロレスに移籍した。国際プロレス時代は過激なデスマッチで名を上げ、金網の鬼の異名を取り、75年にはIWA世界ヘビー級王座を獲得した 。

国際プロレスの解散後は新日本プロレスに参戦。第1次UWFにも参加したが程なく離脱した。その後、全日本プロレスに移籍し、ジャイアント馬場とタッグを組み人気が高まった。
マイクパフォーマンスは有名で数多くの名文句を生み出した。試合後、観客からマイク!マイク!とマイクパフォーマンスを求めるマイク・コールが起こるほどだった。

馬場没後の00年、全日本のエースだった三沢光晴が立ち上げたプロレスリング・ノアに参戦。前座試合で人気を博していたが、03年3月の日本武道館大会を最後に体調不良により長期休養に入り、04年7月にビデオレターで引退を表明している。