沢田聖子:アニバーサリーライブ@吉祥寺スターパインズカフェ その2
03.坂道の少女
1980.04.25
この時キャンペーンで随分全国各地を回っていたようです。ラジオでは、大阪MBSの「ヤンタン」でアシスタントを務めてました。桂べかこさんには可愛がられたらしいです。鶴光さんには当時のニキビ顔から、“たこ焼き娘”と有り難くないニックネームを頂いたとか(笑)
同時期にアシスタントをやっていた石川優子さんは“象の足”なんて言われていたそうです(^_^;)酷いな~鶴光氏。
「最近石川優子さんどうしてますかね~って向こうも同じ事言ってるかも知れませんが(笑)」
04.星空のメッセージ
1980.09.25
05.春
1981.03.25
この辺は歌詞まで私全部覚えてますね(^O^)
歌いながら調子を上げてるみたいです。最初より響きが良くなっている。
06.雨の日のサンシャイン
1981.09.05
中里綴さんが書いた詞で、
“I LOVE あなたが好き LOVE”
とLOVEという言葉が繰り返されるのですが、“ラヴ”というよりは“ラー”と伸ばすので、ある方に、
「静岡弁の歌ですか?」
と言われたとか(笑)
てか、ネタちゃいますか、それ(^w^)そんな事言うかいな、ほんまに(笑)
なかなかMCが面白いっす、聖子さん(^w^)
07.卒業
1982.01.25
08.季節(シーズン)
1983.11.21
この曲大好きだ~
“傾いてゆく傾いてゆく
速度を増して心が”
アップテンポで明るい曲で、聖子的歌唱が冴える曲ですね(^O^)
久々に結婚式に呼ばれたそうなんですが、そこでアップライトピアノで明るい曲を歌ったそうです。
新郎新婦より上の位置で、しかも背中向けて、とか(笑)
その結婚式にはあの堀江淳さんもいて、かの名曲『メモリーグラス』を歌ったとか(^_^;)
“♪あいつなんかあいつなんかあいつなんか~”
のフレーズで有名な別れのイメージの曲(笑)
「反面教師という意味で…」ということらしいですが、やっぱりヒットがその曲ですからね(笑)苦笑ですね(^w^)
09.都会人
1984.04.25
“まちびと”って読むかと当時思ったそうです(笑)もちろん“とかいじん”です。
作詞は売野雅勇さん。大作詞家ですね。
売野さんの話をする時、
「かっしわばら、よっしえさんの曲とかね(笑)」
と聖子さん(^w^)柏原よしえさんの使い古された物真似が出るとは(笑)わかる人は少なくなりつつあります。
10.あなたからF.O.
1984.12.01
11.Natural
1986.04.25
12.冷たい言葉で傷つけて
1986.09.25
最近、自身の作詞にぶつぶつ突っ込むそうです(笑)
その時、その時の感情ですからね。
ちなみにこのライヴハウス、当然食事とかも注文すれば出ます。
この悲しい曲、
『冷たい言葉で傷つけて』
を歌いながら、ナポリタンの香りがするな~と思ったそうです(笑)
歌いながらお腹すいたんですかね?(笑)
13.LIFE
1988.05.25
この頃、イルカオフィスという、イルカさんの事務所を出て、個人事務所に移籍。
「カンベさん(イルカさんの旦那様)、イルカさんがいなかったら今の私はいない」
と聖子さんは言ってました。
14.愛を下さい
1990.06.20
「私はマネージャとなかなかそりが合わないんですよね…」
と聖子さん。何度もマネージャーは変わったそうなのですが。
同世代のマネージャーさんがついた時は、なかなか現場に来なかったことがあるとか。新島に彼女がいる人で、彼女に会うために現場に来ない。
それは…採用した会社が悪いのでは?(^w^)
他にも、マイホームパパのマネージャーさんがいた時は、土日の休日には仕事に来なかったとか…。
それも会社の採用の問題では?(^w^)
「私は1人で何でもやってく運命なのかな、と。」
うーん。そりが合わないだけじゃない気がしますね。
ただ自立には役に立ちましたね(^w^)
15.乗り越えて行けるね
1991.10.02
16.未来の子供達のために
1992.03.04
昼ドラのCD応募とかって凄いみたいですね。たった数秒の告知なのに、当時1万5000通も応募があったそうです(゜∀゜;ノ)ノ
「…その分買ってくれたらいいのにね(笑)」
…確かに!(^w^)
17.笑顔が好きだから
1994.02.05『赤ずきんチャチャ』エンディングテーマ
オープニングテーマはあの○MAP!!!(°□°;)
「タイアップがないとCDが出せない時代になりましたね…あのユーミンでさえ、イメージに合わないと書き直しを何度でもさせられるから。直しに直して、合わせて、出来た曲って、何なんだろうと思いますよね。」
うーん、直す理由によりますよね。あまりに理不尽なものもあるでしょうね。仕事ですからある程度合わせないとね。ただ、タイアップがないと出せないというのは、大変だったでしょうね。
18.風になりたい
1995.04.21
「長い間やって来て、ほんとに音楽を好きで、理解していた人は一握りでしたね。ビジネスの才覚がある人は沢山いましたけど(笑)
この頃、佐藤よしはるさん(聞き違いかも知れません)と組みましたけど、ほんとに佐藤さんは音楽が好きだし、一緒にやっていて楽しかった。」
そうなんだ…
なかなかショックな言葉ですが、ようやく掴んだ楽しみを感じていた時代なんでしょうね。
ちなみに聖子さんと同時期にシンガーソングライターとして活躍し、元祖女性ロックシンガー、元祖学園祭の女王、白井貴子さんも同じような紆余曲折で、会社を離れたとか。
80年代、90年代はメジャーで活躍したアーティストは沢山いましたが、生き残ったのはごくわずか。音楽については時代も嵐のように変化していった時代でしたね。
19.smile
1997.05.21『笑顔がいちばん!』テーマ曲
昔のレーベルに出戻った時期の話をしていて、
「あたし、今、デモドリだからねー。…あ、デモドリ…デモを取るね(笑)」
オヤジギャグ多数!(^w^)
20.Respect
1998.01.21
21.風を感じて
1999.05.26
富良野で詞を書いた話をしてましたね。
「青い空、白い雲…なんて見えないけど(笑)周り一面、銀世界だからね(笑)一緒懸命詞を書いたよ。」
詞を書くのは妄想力ですね(^w^)
22.一緒にくらそー!
2000.11.22
23.ナンクルナイサ
2003.02.19
「…歌いすぎたかなー(笑)」
いや、嬉しいですよね(^w^)
シングルを最初から順に歌ってくれて、その時のエピソードとか沢山MCを入れてくれて。
しかもオヤジギャグとか、過去の自分にツッコミ入れるとか(笑)
やっぱりラジオとかで結構リスナーにツッコミ入れてたからか、なかなか厳しいツッコミが多い(笑)
あとMBSに出入りしてたからか、関西っぽい、必ずオチを用意してますからね(笑)
はっきり言って、ここまで面白くて素敵な人だったとは驚きました(*^o^*)
~つづく


