映画:しんぼる | リストクラッチ・エクスプロイダー

映画:しんぼる

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映画の始まりや、途中、終わりで
「わかんねえ。」
「ほんとに松ちゃんの映画?」
「オチは?」
「ええ?」
とか、いつもの松ちゃんそのままを期待したのか、子供達の嘆きが聞こえました。

わかりやすい笑いも沢山あったものの、「ごっつええ感じ」や、オリジナル映像作品にもあったような不可思議な感覚もあって、いつもとは印象が違うと感じたのでしょう。

私にとっては、かなりわかりやすかったと思います。

さて、なかなかいい刺激をくれました。

映画って何だろう?

また投げ掛けられたような気がします。

映画って全て理解できるとか、感情移入できるとか、必要ですかね?

じゃあ鈴木清純とかゴダールとかかダメな映画監督ですね(笑)

で、後期の黒澤明や、伊丹十三とかはいい映画監督?

私はぜんぜんそう思えません。

映画のストーリーは理解できなくても映画は成立ちます。

そこに人間や物の動きと醸し出す感情が見えれば十分です。

感情は納得いかなくても全くかまいません。

論理が説明されるような余計な映画も沢山ありますが、あまり要りませんね。

考えるより、感じる。そこに人が生きていると想像できる。

そんな映画を見たいです。


松本人志は、映画というフォーマットを使って笑いを表現しようとしています。

これは北野武が映画に向っている姿勢とは、基本的に違うようです。

では、本気でないかというと、前作「大日本人」の時には、わざわざ北野武の所まで相談しに行ったぐらいだから、本気なのでしょう。


一見つながらないシーンをある“しんぼる”のみで繋ぐというのは、普通の映画監督は怖がってなかなかやりません。

クローネンバーグや、デビット・リンチでさえこんな大胆にはやらないでしょう。

しかも、その後の繋がりも、
「え?それやっちゃう?」
と思うくらいの大胆さ。

結果、あれは滑る可能性が高かったでしょう。実際考えがわかってしまった私は苦笑してました(笑)

TVでは中々そこまでやらないから、やっぱりそれは映画に懸けているんだなと思いました。

ただ幾つかの突き放したような演出は、やっぱり映画の枠にはめられるのを嫌がっているのでしょう。

“カルト”ととらわれるのさえ嫌がっている気がします。

それゆえに問題作だと思います。

しかし、今回色んなメディアに出ながら語りすぎた点が勿体ないと思います。

観客をもっと煙に巻いて、映画に対しても
「ちっとも本気じゃないよ~」
と言ってもいいと思います。

いやはや、やるじゃないですか、松本さん。

楽しかったですよ。