受験小論文プロ家庭教師が教える!言語化への道 -4ページ目
受験小論文指導classには
高校受験生、大学受験生、大学院受験生、
再受験の大人の方々…
色々な方が来られている
でも、どの時間も
全ての人がキラキラしている
意外でしょう
関係ない人にとっての
「小論文」のイメージは…
ただの「受験対策」「受験科目」
でしょうが
受験で小論文を書くことになった生徒は
とっても幸せだと思う
「受験科目」として勉強し始めた彼らは、
小論文を書きながら視点が変わる
書く中で、初めて自分に向き合って
「私…これに興味ない」
と気づいて
志望学部を変える子もいる
「私には書けることは何もない
」
と言っていた子が、
雑談する中で過去を語り、
自分の本音を見つけて、
明るい笑顔のお喋りになって
未来を語り始める
生徒が自分の中のタネに気づいて
受験の向こうに羽ばたく
その瞬間に立ち会えるこの仕事が
私は大好きです
小論文は中学生にも高校生にも
大人にも書いて欲しいなぁ
私は昔からそう思っている
みんな
自分がわかって未来が見えるから


私は高校受験&大学受験プロ家庭教師ですが、
今日は保健師として
企業に行って健診をしてきました
保健師というのは、
看護師の資格を持った上で取れる資格で
予防教育もできるお仕事です
看護師・保健師の仕事は
毎日必ず必要とされて
働きたければいつでも働く場がある
とても恵まれたお仕事
いつでも人手が足りなくて、
断っても断ってもご依頼をいただける
とっても有難いお仕事です
お子さんが将来の職業に悩んでいたら、
とりあえず
看護師の資格取得を目指すのも
とてもいいと思います
看護師は職場によっては
責任感が求められるし大変だから
そこで力尽きて辞めてしまう人が多いけれど
やってみたらわかりますが、
看護師の仕事はやり甲斐が大きい仕事です
そして、看護師の資格で働ける場って
実は、とても広いんです

一旦辞めても、またその気になったら
いつでも働かせてもらえる場があります
コロナ禍で市町村から
お手伝いに呼ばれることもあれば、
イベントの救護係に呼ばれることも
学校や企業、老人ホームや健診、
地域看護、精神看護、家族看護…
看護って色んな分野があるんです

そして
看護師の知識はとても役立ちます
家族の変化に気づいてあげることも
大切な人を支えてあげることもできる
看護師の資格は本当にいいよ
って誰かに教えたい


隣のオウチ…
想像したことはありますか?
真冬のある日
私が家庭教師を頼まれて
初めてお伺いしたあるご家庭は、
住宅街にあって、
似たようなオウチに挟まれた
一戸建てのオウチでした。
でも…
玄関を開けると、
他のオウチと違うことがわかりました。
真冬なのに、家の中が外と同じ温度
とても冷たい空気の中で
そのご家族は生活していました
指導時間中
中学生のその子は
毛布を被って勉強していました
絵を描くことが好きな
その子が見せてくれた
絵は、
玄関にポスティングされた広告の裏に
描かれていました
でも、その子が話す言葉からは
いつも「お母さんが大好き」という
気持ちが溢れていました
ボーナスの話が出てくる
時期になると、
このご家庭を思い出します
ボーナスがないご家庭も
沢山あります…
スリッパもないそのオウチで、
あまりの床の冷たさに
私は足の感覚が無くなりました
日本の子どもの7人に1人が
相対的貧困にあるそうです
普段は気づきにくいけれど、
それぞれが、隣のオウチを
なんとなく気にかけられたら…
いいなと思います



あっという間に7月も半ば
「今年もあと半分しかない
」
最近、よく聞くようになりました。
よく言われることですが、
「あと半分しかない
」なのか
「あと半分もある
」なのか
焦る気持ちがある時は
「あと半分しかない
」
と思いがちですが、集中度を高めれば、
時間は倍にすることも可能です
かつて、秋が深まった頃に
家庭教師をスタートした
中学3年生がいました
全教科、ほとんど0点で、
学校の先生からも
「最低ランクの高校も厳しい」と
言われていました
でも、残りの数ヶ月で、
その生徒は毎日集中して、
なんと、大逆転の合格

逆に…
「余裕で合格」と言われていた友達が
同じ高校に落ちたのには
先生も家族もみんなビックリ
人生で大切なのは
過去でも未来でもなく
「今」「ここ」
「今」「ここ」に集中したら、
残された時間で
なんでもできる
みんなで、この人生を
楽しく駆け抜けられたらいいですね



家庭教師歴27年の私ですが、
看護師と保健師の免許も持っています
あれは20代の時…
家庭教師の空き時間に
コンビニに行った時、
「マザーテレサ一周忌」という
ポスターが貼ってあったんです
中学校の頃から
マザーテレサに憧れていた私
でも、気付けば、
マザーテレサは亡くなっていました
私は、数ヶ月後
インドのカルカッタへ向かいました
マザーテレサの施設でボランティアをして、
見様見真似で、目の前の人の手を握って
「明日また来ますね
」
そう笑顔で微笑んで
翌日訪れると…
その方々はもう亡くなっていて
布に包まれていました
目の前の人が、翌日に亡くなるのかも
まだまだ生きられるのかも、
私はそんなこともわからないんだ
そんな不確かな自分に
ショックを受けました
そして私は、家庭教師を続けながら
翌年から看護学部に通い始めました
それを知った生徒たちから聞かれたこと
なんだと思いますか?
「死んだら、どうなるの?」
「死ぬって苦しい?」
何人もの中高生が
「こんな質問したこと、
親には言わないでね
」
そう言って、そっと聞いてきました。
私は、看護師として働く中で、
生と死は、相反するものではなくて
自然に繋がっていることを
感じるようになりました
だから、質問してきた生徒たちと
生きること・死ぬことについて
私の医療職としての少しの経験を
共有することができるようになりました
そして、私自身も1日1日の奇跡を
一層、意識するようになりました
子どもも大人も、
毎日を楽しく過ごせたらいいな
そう強く思うようになったのは、
あの時、コンビニで見た
1枚のポスターからでした



