「こんな場所は、見たことないす。上位を蹴散らして新入幕力士が優勝、110年ぶりというじゃないですか。
前日右足を痛めて、土俵に上がれるかどうかとさえ危ぶまれていたのに、千秋楽の土俵では力強い相撲で優勝を引き寄せた。他人事ながら見事としか言いようがない。間違いなく大相撲の歴史に残る春場所ですよ」
「場所前から、場所の主役は自分だと思ってました。新聞やテレビはじめマスコミでも、新大関の琴ノ若が優勝候補の一番手だとか、一気に横綱に駆け上がって、祖父の琴桜を襲名するんじゃないかとか、雑誌『大相撲』では、父親で師匠でもある元関脇琴ノ若との『昇進記念師弟対談』まで組んで持ち上げられたり。
周りもオレもすっかりその気になっていた。それが途中から急変し、新入幕の尊富士(たけるふじ)にとって代わってしまった」
「普通なら、番付上大関と対戦のない幕内最下位の尊富士との一戦が11日目に組まれ、自分はあっけなく敗れてしまった。前日には、大型新人なんて持ち上げられてきた幕内2場所目の大の里まで転がしてしまった。あれにはびっくりですよ」
「力のある新人が出てくると、上位力士は普通なら〝お、生きのいい新人が出てきたね。よし、一丁やってやるか〟と喜ぶもんだが、尊富士にたいしては「おれは勝てるかな」ときゅうきゅうとしてる。
オレも、内心ではあの勢いを止められるかと、不安みたいなものがちょっと頭をかすめた。すごい新人力士が出てきた。とにかく勢いがあったね」
「敗れた後、いろいろ言われたし、書かれた。呼吸の差だったと慰める人もいましたが、悔しいけど、あの一番は、実力の差を突きつけられた気がしたね。
動きが鋭く、体重172キロのオレが147㌔の尊富士についていけなかった。182㌔ある大の里も同じだったんじゃないかな。
大きな体は威力はあるけど、それを上回る動きにはついていけないところがある。うん、いろいろ考えさせられたね」
「でも、尊富士のような力士が幕内にあがってきたのは、歓迎してますよ。負け惜しみじゃなく。
いま相撲人気は盛り上がってるけど、相撲界に入ってくる若い連中は減ってます。
彼のような力士が出てくれば、ファンから相撲って面白いと思ってもらえるし、何よりも力士の刺激になる。大関だからと、自分もうかうかしていられない。
オレも、このまま引き下がるつもりはないす。ガンガン稽古を積み、体を絞り、徹底して研究していきます。来場所を見てくれ、っていうところかな」
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(今年の春場所は荒れました。その場所を引っ張ったのが親入幕の24歳、猛富士でした。場所前に注目されてきた新大関琴ノ若関の独り言を、勝手に妄想しました)
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