こんばんは✨
節分が明けたとたん
この寒さ![]()
雪こそまだ降りませんが
寒すぎますね💦
今日は大好きなインドカレー屋さんに行き
甘いナンに癒されてきました![]()
今日は、言っても分かり合えないことってあるよなーって感じたお話です
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言えない
言わない
のが自分のくせでした
学生の頃から、自分が思っていることを言うのが苦手というか
言っちゃいけない気がしていて
ランチの場所を決める時
「オムライスとパスタどっちにする?」と聞かれて
友達がパスタがいいと言えば
「私も、パスタ気になってた」というのが当たり前でした
自分の思いを言うのは、おこがましいような気がしていたから
大人になり、言わないことで
問題が起き始めたから
思ったことを言うように努力した
嫌だった
私はこうしたい
だんだん言えるようになってきたこの頃思うのは
話せば、円満に解決できる
というのは理想、幻想で
話し合っても
仲良くなれないこともあるということだ
きっかけは1本の電話でした
私の発言について気になることがある
もっと、すみかさんがよくなるといいと思うから
話しましょ
という親切心だと感じました
会話が始まり
「自分がダメ、人に怒られてるって感じるのはなぜ?」
と聞かれて
「話している時に相手が不機嫌になると
自分が悪いことをしたと思います」
「自分が悪いってすると、人のせいにできるもんね」
……
分かります
ただ、そう言われて心臓がヒヤッとした
彼女と話が進むにつれて
私は常に
相手が~と言ったから
相手に~と思われるのが嫌だから
という考え方をしていて
それは、彼女に言わせると
人のせいにして
自分をいい人にしている
ということだった
私のためだから
と親切心から始まった話は
進むにつれて、自分はひどい人間なのだと思っていた
「私ってひどい人ですね」と話すと
「ひどいって、分かっていると、自分はできている人って感じがするもんね」
と言われた
もう、本当に自分はひどい
としか思えない約90分だった
どうしても呑み込めなかった
自分で考えて
理解しようとした
私は、何がいけないの?
自分で人生を生きるってなんなんだろう
運転中も
風呂に入っている時も考えた
だけど、どうしても納得できなかった。
思いは話した方がいい。
ガマンするのではなく、話して伝えた方がいい。
話してみようと思い立った。
心臓が動いているのを感じながら、電話した
「私には、あの電話がなんの時間だったのか分かりません」と話すと
「謝らせたいの?」と返事が返ってきた
頭の先から
血液が下がっていくのを感じた
頑張って話したのに
思っていることを言ったのに
言わないことが癖で
いつも後で爆発していた私は
言うことを習慣にしようと努力した
言えるようになってきた私は
心のどこかで
言えば仲良くなれて
平和になって
また一緒にいられると思っていた
心のどこかで
相手に期待してしまっていたし
言えば必ず解決すると思い込んでいた
意見を言うのは、確かに大事だ
思っていることを互いに話し
分かち合おうとするから、人間関係はできる
ただ、話すことは
どちらかの意見を採用するということではない
みんなそれぞれの考え
自分の法律で生きている
キリスト教徒と
イスラム教徒が
互いを分かり合い、どちらかに入信することはない
互いが、互いの信じたものを信じ
攻撃せず
そっと認め合っているから
世の中は平和でいる
別に、従わなくても
どうしても仲よくしなくてもいい
“そういう考えなのね”
といい距離感でいることも
人間関係には必要なことなのだ
よく言ったよ
自分で自分を褒めてあげる
言うことを言って、私は私の法律で
平和に生きられればそれでいい
