「ねえ、印鑑押すの反対派?」
日も入らない、薄暗い部屋
ぽつんと並んだソファーの上で
無機質な声が通った
夢とか希望とかあったもんじゃない
私にとって
人と共に生きるとは
そんなもんだったみたいだ
いつからだろうか
結婚という言葉にときめかなくなったのは
若かりし頃は
やたら彼とおそろいの物を欲しがり
1カ月ごとの記念日にはしゃぎ
結婚式にはこんなドレスが着たいと
イメージを膨らませていた
時が経つごとに
おそろいはどうでもよくなり
記念日を忘れるようになった
ある意味
イベントではなく
生活と捉えるようになった自分は
大人になったのかもしれない
カレー部で出会い
彼氏と彼女になった私たち
41と35
いつでも家族になっていい歳だった
付合い始めて1年が経った頃
もう決めてもいい気がした
ものすごい決意とか
やる気があったわけじゃなくて
そうすることが自然な気がした
彼のことを想って震えることはない
四六時中考えて
ドキドキして
次のデートを待ちわびるわけでもない
だけど、この人はずっと私を大切にしてくれて
このまま隣にいるだろうという
確信があった
「ねえ、このままいるつもり?」
「なにが?」
1人用のソファーにでかい体を埋めながら聞いた
「別れるとかさ、いなくなるかもとかある?」
「えっ!?ないよ。イヤなの?」
「別に」
「印鑑押さない派?もういい歳じゃん。私たち」
「別にどっちでもいいよ。一緒にいられれば」
「そ。じゃあ押しとこか」
時間で言ったら10分もかからなかった気がする
高級レストランも
100本のバラもない
ぱかっと開けるリングもない
暗い湿っぽい部屋で
私たちは
家族になることを決めた
結婚ってものすごい情熱と決意と勢いが必要で
夢のあることだと思っていた
現実、特にそれらはないけど
私はひどく穏やかな生活を送り
1年が経過した
なんの特別感はない
朝起きて
弁当を作る横で
恒例の歯磨き中の嗚咽を聞きながら
うるさいなと毒づいて
たまに珈琲を飲みながら2人でパソコンを叩く
愛だの恋だの
盛り上がりはない
彼のことが好きかどうか聞かれて
好きだ
と正直に答えられる自信はない
だけど
共に生きる人として
この人と一緒にいる気はする
これから何年経っても
きっとラーメン
いや
カレーを食べにいくくらい当たり前の生活を
きっと繰り返していくのでしょう
ちょっと物足りない気もするけど
きっと当たり前が続いていくことが
自分にとっての特別なしあわせなんだろうと思います
木村になって1年が経ちました
これからも木村でいられるように
2人で頑張ります