最近好きなシリーズのゲームをクリアしました。
携帯ゲームでの発売、そして外伝的な位置づけだったので正直出来はそんなに期待していなかったのですが、スペック的にはSFCの頃と変わらない(というか上がっている)し、むしろドットが綺麗なので据え置き機より合っていたかもしれません。
ストーリーはシリーズ初期作品に近い面もあり、懐かしい名前や小ネタもあったりして嬉しかったんですが、しかしヒロインがいないというのはどういうこと。
基本パーティーは主人公、ヒロイン、その他で固定でいいじゃないか。「YES/NO」しか言わない主人公の意を汲んでくれるヒロインがいるからこそ成り立つんじゃないか。携帯ゲームというスペックの中であえて原点に近いシステムを有していながらなぜその要素を削ったんだと。これじゃあ頑張り甲斐がないじゃないか……。クリアしたけど。
でも考えたら、ヒロインがいてもやる気が上がらないゲームもあるなあ。
なんか王道に近いもの程いい子ちゃんっぽくて鼻につくし、影も薄かったりする。
というか個人的な好き嫌いでいえば、魔法タイプでおしとやかな優等生タイプ、もしくは非戦闘キャラのヒロインはいやだ。もちろん全部が全部じゃない、好きなヒロインだっている。ただ傾向としてそういうヒロインはなんとなく上から目線というか、同じ目線に立っていないような気がする。まあ、得てしてこちらのやる気が上がらないことが多い。いや、名前は出さないけど。
だから一緒に前衛でバリバリ戦ってくれて、おしとやかでも優等生でもない、主人公と同じ目線で同じ方向を向いているようなヒロインだと親近感が湧いて楽しい。
というかおしとやかでも優等生でも魔法タイプでもどうでもよくて、欠点がない人物は感情移入出来ないんだと、そういうことなのかもしれない。名前は出さないけど。
鼻につく人って何なんだろう、そういう人ってどうやったら出来上がるんだ? ひたすら健気なのに腹立つヒロインってヒロインの意味あるのだろうか。それを言ったらヒロインだけの問題ではないけれど。
閑話休題
読書感想文でした。
・松浦理英子『犬身』
・恒川光太郎『私はフーイー』
森博嗣のGシリーズは無期限停止にしています。
・松浦理英子『犬身』
――タウン誌「犬の眼」の編集者、八束房恵は、人を愛したことがなく、自分は半分犬なのでは、と思うほどに犬を愛している。取材で知り合った陶芸家、玉石梓と再会した房恵は、自分を負傷させてまで飼い犬の安全を守った彼女に惹かれ、交流を深めるうちに「あの人の犬になりたい」と願うようになる。房恵に興味を持ち、自らを魂のコレクターだというバーのマスター、朱尾献と死後の魂を譲り渡す契約を結んだ房恵は、オスの仔犬、フサとなって梓と暮らしはじめるが、梓の家族関係がいびつに崩壊していることを知る。
梓を苦しめる人間にできるのは、吠えることだけ。そんな自分に無力感を感じながらも、フサは、何も求めない、穏やかな愛を与えることで、犬なりに彼女を守ろうとする。飼い犬のように愛し、愛されたい房恵=フサは、梓の、これまで誰も入り込めなかった心の深みに入り込めるのだろうか? セックスの介在しない愛は、房恵自身を、満たしてくれるのだろうか?――(Amazon抜粋)
主人公は犬になった女性。ファンタジーと言っていいのかもしれないけど、非常に人間臭い話。
「犬になる」という要素だけ見れば『ファウスト』に似ていて、メフィストフェレスがファウストに持ち掛ける賭けを「犬」に置き換えた話。
「犬になる」という要素を除けば、近親相姦という問題を抱えた、よくはないけどフィクションの中ではままあるヒューマンドラマ。
ただ二つの題材を合わせてみました、という出オチの話ではなく、「性」という問題を細分化して掘り下げていったらこういう話になりました、という印象。
終わり方がまとまりすぎていたかな、とちょっと。かなり長い話だけど、これで終わるのは短い。兄の嫁や子供、房恵の人間だった頃の友人・久喜や、人のように振る舞うことがある犬への疑惑とかまだまだ、解決していないことがある。でも「性」に関しての房恵の心は決まったから、これで終わりでしょうがないのか。
松浦理英子は以前『親指Pの修行時代』という名前だけ聞いたことがあって、少し気になっていた。Pはペニスのことで、親指がペニスになってしまった女性が~とだけ知っていたので読んでみたいわけじゃないけど気にはなる、という位置にいた。女性の作家が書くんだ、と。今回『犬身』を読む機会があったので、次は『親指P~』も読んでみようかな、でも気にはなるけど読んでみたいわけじゃないんだよなあ。
・恒川光太郎『私はフーイー』
新刊キタ! この人も好きな作家です。『夜市』から小説は恐らく全部読んでいる。ファンタジーよりなホラーを書く人。ただ『金色の獣、彼方へ向かう』は誤字が気になってだめだぁ。
――転生を繰り返す少女フーイーが見た島の歴史と運命とは――
ヨマブリと胡弓の響き、願いを叶えてくれる魔物、ニョラの棲む洞窟、林の奥の小さなパーラー、深夜に走るお化け電車、祭りの夜の不吉な予言、転生を繰り返す少女……
恒川光太郎が紡ぎだす、新たな沖縄民話の世界
収録作品:「弥勒節」「クームン」「ニョラ穴」「夜のパーラー」「幻灯電車」「月夜の夢の、帰り道」「私はフーイー」――(Amazon抜粋)
『南の子供が夜行くところ』に近い作品集ですね。果樹園の話が好きだな。
で、今回は「ニョラ穴」が一番面白い、というか怖かった。
以前書いた小野不由美の『残穢』のような怖さとはまた違うのだけど、字を目で追うだけで背筋がゾッとするって凄いことです。
まずニョラ自体が怖い。ニョラって何? と思うでしょうが、読んでみても何なのかはわかりません。「ニョラ」という名前の大きな何かです。洞窟に棲んでいるらしくて、物凄いニオイを発しているらしいです。
らしい、というのはシンゴがそう言っているだけなので。私にはニオイなんて感じないし、そもそもシンゴは少しおかしい。ここは無人島のはずなのに、いきなり「アキコ」という人に客が来ているからテレビを消せ、と言ったり、空き缶を耳に当て急にもしもしい、などとはじめたり。
長い無人島生活で頭がおかしくなっているのか。洞窟の前に香炉を置き、一日一回魚を供え、「ニョラ様」を手なずけたとのたまう。一度一人で洞窟まで行ったが、何のニオイもしないし何もいなかった。
早く迎えが来てくれるといい。こんな島にいては私もおかしくなってしまいそうだ。ああ、でもそうだ。さっき生徒会長が来て怒られたんだった。今日は私がニョラ当番だから、餌をやらなくては。
のような話です。ニョラの登場シーンが一番ゾッとしたところですかねぇ。他にも「夜のパーラー」の最後の、電話越しの女の笑い方がいい。
ホラーと混同されがちなグロ描写がほとんどないのにちゃんと怖いので、凄い作家さんだなと思います。
ヒロインがいない物語って、数えれば切りがないほどあるんですけどね、それでも自分の中でヒロイン的な位置づけの登場人物を勝手に作ってしまうことってないですか。ヒロイン=恋人ではなく、相棒、パートナー、友人、理解者、心の拠り所…という意味です。
結局、STEVENがいれば何の文句もなかったのになぁ。
それではまた。
さようなら。
『人間はなあ 救われねえんだよ
そうだろ? 救われねえんだ』
『YES』
『だから おれが救ってやるって』