ニュースを観ていてふと思ったのですが、何故「この地震による津波の心配はありません」というように、「心配」という言葉を使うのでしょうか。
津波が来ます、来ません。雨が降ります、降りません。でいいのでは。
この「心配」は誰が誰の立場になって言っているのか。何故そこで心情を挟むのか。
気になります。
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・越谷オサム『金曜のバカ』角川書店(角川グループパブリッシング) (2010/1/30)
・米澤穂信『満願』新潮社 (2014/3/20)
・鹿島田真希『冥土めぐり』河出書房新社 (2012/7/7)
・内村薫風『MとΣ』新潮社 (2015/8/31)
・古川日出男『あるいは修羅の十億年』集英社 (2016/3/4)
・越谷オサム『金曜のバカ』
――天然女子高生と気弱なストーカーが繰り返す、週に一度の奇天烈な逢瀬の行き着く先は――?(「金曜のバカ」) ピュア過ぎてアブノーマルなヤツらが繰り広げる妄想と葛藤! ちょっと変でかわいい短編小説集――
帯が面白かったので初読。「フツーに暴走する5人の人間模様」とあったけど、暴走していたのは表題作くらいです。あとの四作品は変は変だけど暴走ではないかな。
文体はテンポがよく、読みやすいです。口語体のような地の文はライトノベルにも通じるかも。コミカルな面がよく出ていました。
収録作は『金曜のバカ』『星とミルクティー』『この町』『僕の愉しみ彼女のたしなみ』『ゴンとナナ』の五つ。それぞれ繋がりはない独立した短編です。
『星とミルクティー』は流星群の夜に出会ったきりの少年少女の、恋愛未満のお話。正直に言うとよくわからなかったのですが、何か伏線見落としているのかな。
『この町』は地元が嫌いで都会にあこがれる少年の痛くて恥ずかしいほろ苦い青春。嫌いじゃないよこういうの!
『僕の愉しみ彼女のたしなみ』は、恐竜オタクが原因で振られた少年が恐竜オタクを隠して恐竜の展覧会でデートするという話。最後の逆転は見事でした。
『ゴンとナナ』は同じ場面を、少女の視点とその飼い犬の視点で描いた青春ストーリー。いやこういうの嫌いじゃないですねえ。
文庫版の表紙はあらゐけいいちがイラストを描いています。
・米澤穂信『満願』
――人を殺め、静かに刑期を終えた妻の本当の動機とは―。驚愕の結末で唸らせる表題作はじめ、交番勤務の警官や在外ビジネスマン、美しき中学生姉妹、フリーライターなどが遭遇する6つの奇妙な事件。入念に磨き上げられた流麗な文章と精緻なロジックで魅せる、ミステリ短篇集の新たな傑作誕生。――
このミスなど3冠を獲ったというので一時話題になりました。やっと読めました。
短編集だったのか……勝手に長編だと思っていました。
収録作品は『夜警』『死人宿』『柘榴』『万灯』『関守』『満願』の六作。
このうち『柘榴』は新潮文庫の『Mystery Seller』に収録されていたので読んだことがありました。ミステリーというか、うーん、桜庭一樹っぽいかなあ。
基本的にどの話も暗く後味が悪いので、読者も結構そういうのが好きな人が多いんだなあと思いました。それ以上に巧いからですかね、文章が。
でも出来るなら長編が読みたい作家です。
・鹿島田真希『冥土めぐり』
――あの過去を確かめるため、私は夫と旅に出た――裕福だった過去に執着する母と弟。彼らから逃れたはずの奈津子だが、突然、夫が不治の病になる。だがそれは完き幸運だった……著者最高傑作!――
第147回芥川賞受賞作。ちなみにこの時の直木賞は辻村深月の『鍵のない夢を見る』でした。なるほどあれもダメ人間の話。
この作品のダメ人間は、母親であり弟であり夫でありそして語り手自身です。でもそれは主人公の一人称で語られる世界では全員ダメなんですけど、客観的にみるとそこまで、そんなに絶望するほどダメじゃないんですよね。
確かに母親はわがままだし(クッションや枕に囲まれた彼女はまさにめしべ、というところが好きです)、弟は見栄っ張りだし(ところでこの親子3人の関係って少し、というかなんか歪んでいて気持ち悪いです)、夫は「あつかましい」障害者です(主人公の主観では)。
昔はお金持ちだったのに今は没落(というほど大金持ちだった印象は受けなかったのですが)して、昔の暮らしが忘れられず高慢に振る舞い、養ってもらうことを当然のこととして甘受している母親。娘はスチュワーデスに憧れるものと決めつけ、金持ち以外の男は認めない。
そんな家族から逃げるように市職員の太一と結婚するも、太一は脳の病気で倒れ今は車椅子生活。
ある日、かつて母親から何度も聞かされていた高級ホテルが格安の保養地として提供されていることを知り、夫婦で旅に出る。
旅をしながら、あれを見ながらこれを見ながら思い返すのは過去の嫌な思い出ばかり。夫はどこでも我が物顔に振る舞い遠慮はしない。(というように奈津子には見えている)
何が起こるわけではないです。ただ旅という名の過去をめぐり(それが冥土ですかね)、夫とちょっと話をし、いいところを再発見して認めて、吹っ切れるというかカタルシスを得るというか。母親の送ってくるピンク色のカーディガンを着たくないなら着なくてもいいということに気が付くんです。そういう話です。
読んで面白かったーという話ではないですが、何か残る作品ではあります。
もう一つの収録作『99の接吻』は四人姉妹のお話。これも歪んだ家族の話。
・内村薫風『MとΣ』
――1990年2月11日。光よりも速く世界を移動した、「奇跡」のすべて。誤審と解放。行列と暴力。タイソンとマンデラ。意志と衝動。ブラック企業とドラクエ。野性と理性。42 と1。みんながんばれ。無理せずがんばれ。「2とZ」と「パレード」そして「MとΣ」。小説の可能性を拡張する、力と技、心意気――。新しくて、尖ってて、でも不思議と懐かしい。突然現れた才能による第一五三回芥川賞候補作。
153回芥川賞はあの、又吉直樹『火花』、羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』 で、直木賞は東山彰良『流』でした。本屋大賞に『火花』が入っているのに驚きましたね。本当に面白いのかな。読んでないし読む気もないですが。
こちら短編集です。『2とZ』『パレード』『MとΣ』の三作所収。
『2とZ』は不思議な構成です。オムニバスというのか群像劇というのか、視点がころころ変わる人です。一番近いと思ったのは高橋源一郎の『ゴーストバスターズ』。三人称だったのが、急に登場した少年の一人称に変わったあの瞬間の奇妙さ。
まったく別々の人たち、国も時代も違うのにシンクロする不思議感。説明できないから不思議感。
『パレード』も次々と視点が変わる作品。というか全部そうです。ただこれは舞台背景は共有されています。
理由も正体もわからない(結局最後まで明かされない)軍隊が突然襲ってきて人々は理不尽に殺されて連れ去られて、という不条理な状況を一人ひとりの視点で語る。殺されると次の人の視点に移る。
なんだろう、面白いんだけど意味が分からない。
『MとΣ』はタイソンが負けた日と、マンデラが解放された日と、ドラクエⅣが発売されたその同じ日に世界を駆け抜けたアッパーカット。瞬間移動した奇跡。その不思議感。
なんと言っていいかわからない短編集です。発想も力量も凄いけど理解されないこの感じ。
・古川日出男『あるいは修羅の十億年』
――2026年東京。放射能汚染によって隔離された被災地「島」からやってきた、天才的騎手・喜多村ヤソウ。東京オリンピック後、スラム化した“鷺ノ宮”を偵察する「島」生まれの喜多村サイコ。先天性の心臓病を患う少女・谷崎ウラン。17歳と19歳と18歳の3人が出会うとき、東京を揺るがす事態が巻き起こる―。日本、フランス、メキシコ、そして「島」。遙かな未来になけなしの希望を託す、近未来長編。――
古川日出男の新作です。震災後文学ですかね。3.11で2つの原発が爆発した日本。
実は時間が取れず途中までしか読めなかったのでどうなったのか。ただ途中まででもこのリズム感のある文体は癖になります。
ヤソウとウランが出会うとこまでは読んだのですが、そのあとどうなったんだろう。
気になるのでまたそのうち読みます。
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外国だと津波の恐れ、リスク、警報はないとなるそうです。
恐れ……恐れっていうのも相手側に立った言葉ですよね。心配して、恐れている前提があってこその「心配ない」「恐れるな」ですもんね。
YES/NOではなくあえてファジーな部分を残してるんでしょうか。
なんにせよ、早く落ち着いた日常が戻ってくるといいですね。
ではまた。
さようなら。
『オレの核はまだ砕かれていない!』