機種変更に行ったら、近所のauショップが100分待ちでした。まあ日曜日だし仕方ないなあと思って、その近くの携帯ショップに行ったらお客さん誰もいませんでした。
何が起こっているんです……?
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・吉田篤弘『針がとぶ』新潮社 (2003/12/19)
・江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』角川書店; 改訂版 (1994/04)
・坂口安吾『桜の森の満開の下・白痴』岩波書店 (2008/10/16)
・ドストエーフスキイ『白痴 上・下』岩波書店; 改版 (1970/01)
・吉田篤弘『針がとぶ』
――月面で眠る猫、クロークルームに残る運命のコート、八十日で世界を一周した男と常夜灯に恋をした天使。6月の観覧車、真っ白なジャケット、針がとぶレコード…クラフト・エヴィング商会の物語作家が紡ぐ、月と旅と追憶のストーリー。――
この本すごく面白かった。欲しい。
それぞれ別なことを書いた7つの短篇集。と思いきや、時系列も場所も語り手も人称も違うけれど実はどこかで繋がっている話たち。
ノスタルジックであり、意外と寂しくなるようなことが書いてあったり、必ずしも救いがあるわけじゃなかったり。
文学じゃなければ詩に近い一冊です。
・江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』
――世の中の全てに興味を失ってしまった男が見つけた、最後の楽しみ。それは屋根裏を歩きまわり、他人に見せない醜態をのぞき見ることだった。このみだらな快楽の虜となった男は遂に、完全犯罪を目論むが――。表題作『屋根裏の散歩者』ほか、3編を収録――
色々な出版社から出ていますがこちらは角川ホラー文庫のもの。表題作は短編で、他に『人間豹』『押絵と旅する男』『恐ろしき錯誤』を収録。
『屋根裏の散歩者』は明智小五郎シリーズでした。途中まではまた気持ち悪い変態的な(むしろそれが快い)犯罪ものかと思っていたので意外。
「ちょっと君のまねをしてみたのだよ」というセリフが実に効果的で素敵。この人の只者じゃない感が出ている素人探偵くらいの時期のほうが好みです。
でも目覚まし時計やシャツのボタンはいいとしても、心理的な煙草のくだりは流石に推理不可能でしょう。
『人間豹』も明智小五郎シリーズで、彼が本格的に探偵業をしている『黒蜥蜴』くらいの話。奥さんと助手の小林君もいます。
推理活劇! といった感じの中編小説。謎の怪人物「人間豹」が欲望のままに犯罪を引き起こし、やがて明智小五郎と対決。人形入れ替えのトリックや、変装を逆手にとり罠にかけたと思ったらうまく切り抜けたり等の手に汗握る展開。また地の文が煽る煽る。
バルーンに乗って「ワハハハハ、さらばだ明智君」なラストはもはや古典。
『押絵と旅する男』は怪奇短編。汽車に乗り合わせた老人が見せてくれた、一枚の押絵に関する奇妙な話。浅草十二階の望遠鏡でしか見られない美女、ちょっと無茶だけど浪漫ですね。
『恐ろしき錯誤』はなんというか、現代的な色褪せない題材の話。こういう話小林泰三も書いていませんでした? 道尾秀介とかも書きそう。ホラーに一番近い話でした。
・坂口安吾『桜の森の満開の下・白痴』
――桜の森の満開の下は怖ろしい。妖しいばかりに美しい残酷な女は掻き消えて花びらとなり、冷たい虚空がはりつめているばかり―。女性とは何者か。肉体と魂。男と女。安吾にとってそれを問い続けることは自分を凝視することに他ならなかった。淫蕩、可憐、遊び、退屈、…。すべてはただ「悲しみ」へと収斂していく。――
さくらのもりのまんかいのした、って不思議な語感ですね。満開の桜の森でも満開の桜の下でもなく桜の森の満開の下。
初めて読んだのですが、綺麗な話でした。押井守とか大友克洋がショートアニメ作っていそう。
文体もドストエフスキー読んだ後だからもしれないですけどすっきり淡々として美しい。
人を殺すことをなんとも思わない山賊の男と、美しく残酷な女。
悪人であるべきはずの男は、女の奇態と比べると妙に純粋で子どもらしく映り、弱い立場であるべきはずの女は男を支配し、毎晩生首と戯れる姿は狂気のはずなのにそうとは映らない。
満開の桜と言い、美しいものは恐ろしい。
『夜長姫と耳男』も残酷な女と反抗しながらも翻弄される男の話。『桜の~』の女が鬼ならば、夜長姫は確かに魔神かもしれません。
『白痴』は全体から漂う虚無感、徒労感が半端なことではない。心中ものっぽくもあり。というかそうだ、映画の『Dolls』もこんな感じではありませんでしたっけ。
満開の桜が恐ろしいとか、空襲で逃げる時に幸福を感じるとか、坂口安吾も変態っぽい。
でもかなり好きですよ。次は谷崎潤一郎でも読もうかしらん。
・ドストエーフスキイ『白痴 上・下』
――高貴な人間は道化の姿をしている―ロシア社会の混沌の中にあらわれた純粋で無垢な主人公ムイシュキン公爵は、すべての人々に愛される。悲劇の翳を宿した美女ナスターシヤにも、清純な令嬢アグラーヤにも、粗暴な野心家ラゴージンにも。しかし…。――
堪らないこの独特な文法、言い回し、表現、何ページにも及ぶ長台詞、なかなか本題に入らない話……。
外国の古典が好きなのはこの古めかしい訳し方にも寄るのかもしれません。読みづらいけど楽しいいぃい。「あっしゃ」「よござんす」「ちょっ!」「なんだえ」「よくってよ」なんて言葉が溢れていますよ。にやにや。
ストーリーは四角関係を巡るあれこれです。あれこれの部分がほとんどですが。
スイスで癲癇の治療を続けていたムイシュキンという青年公爵が、症状が良くなったので親戚を頼ってロシアにやってきます。ムイシュキン公爵は以前は病気の為にほとんど白痴同様であり、またその為に酷く純粋で善良で無垢な人間です。
列車に乗り合わせて意気投合したラゴージンという男は、ナスターシヤという美女のことを話します。ナスターシヤはトーツキイという貴族の妾で、自分から望んでなったのではないそのことから随分自暴自棄になっています。
公爵は遠縁のエパンチン将軍家にやってきます。そこの美しい三女のアグラーヤはのちに公爵を愛するようになります。
公爵はナスターシヤを憐みから愛して、アグラーヤを高潔な光のように愛します。
一方ラゴージンはナスターシヤを情欲から愛し、公爵を愛するナスターシヤを激しく憎みます。
というのが主だった流れなのになんでこんなにページ数が多いのか不思議なくらいです。岩波版で上下合わせて1200ページあります。そのほとんどはレーベジェフとかイッポリートとかリザヴェータ夫人とかガーニャ、エヴゲーニイ、イヴォルギン将軍のわやわや。本当に話進まねえ。
例えば公爵がある人に何か話を聞こうと思っていると、登場人物が次々と長い長いセリフを吹っかけてきて全然本題に入らないなど、よくあることです。
ちなみに岩波版はあとがきの代わりに最初に解説が入っていてさらっと結末までネタばらしをされるので、ストーリーを楽しみたい方は御注意。
あと登場人物一覧がないので、気合い入れて読まないと覚えきれません。ロシアの名前はただでさえ覚えづらいうえに愛称呼びも違うというのに……。
ドストエフスキーは真に美しい肯定的な人間を描くことを目指してムイシュキン公爵を創り上げたらしいのですが、やはりどこかおかしくないと人は善良でいることは出来ないのでしょうかね。でなければカラマーゾフのアリョーシャのように宗教家であるとか。
カラマーゾフといえばラゴージンはドミトリーっぽいです。性格とか言動とか。「失った信仰を力づくで取り戻そうとしている」という表現が好きです。
ナスターシヤは非常にいじらしい人物。公爵を愛しているけれど、自分のような女と一緒になってはいけない、また汚れた自分が幸せになってはいけないと考えていて、それでも公爵には幸せになってもらいたいと願っている。
アグラーヤは高潔すぎて、今で言うもの凄いツンデレ。でもやっぱりちょっとかわいい。
ナスターシヤを巡る公爵とラゴージンはライバルのはずなのですが、ふたりで話し合い義兄弟の契りを結んだり不思議な関係です。そうされると敵役がいなくなるのでどういう視点で読んだらいいのか少し迷います。
なので、敵と言えばイッポリートやレーベジェフなどの公爵に好意を持たない人たちになるのですが、読者がイライラするだけで公爵はまったく気にしていないか話聞いていないです。
まったくレーベジェフの話し方はイライラする! 怒れよ公爵!
でもさすがはドストエフスキーで、ラストに見事タイトル回収してくれるあたりはグッときました。
冗長な部分は多いとはいえ、決して退屈ではなく、しかもかなり深いことやハッとさせられることも書かれているので、読んで損はありません。ある意味面白いですし。
ただこれ現代風に訳されたら面白いかなあ? 『ロリータ』の新版はそんなでもなかったのですよね。『悪の華』とかもね。ただ読みづらいことは請け合いなので、好みに寄るでしょうねぇ。
古典好きには堪らない一品です。
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無事機種変更出来たのですが、以前待ち受けにしていた8bit maniacsの「Fantasy Of Dot World」ライブ壁紙が配信終了していました。
地味にダメージを受けています。
それではまた。
さようなら。
『壁に耳あり
私メアリー』