前回携帯電話の機種変更したあとデータを移し替えたのですが、何がどうなってこうなってこうなったのかわかりませんがBUMP OF CHICKENがマキシマムザホルモンと表記される不具合に見舞われています。
なにが起きているんですか本当に。
〇
〇
〇
・ウラジーミル・ナボコフ『青白い炎』筑摩書房 (2003/11)
・太宰治『人間失格』新潮社
・岩井俊二、乙一『花とアリス殺人事件』小学館 (2015/2/4)
・吉田篤弘『モナ・リザの背中』 中央公論新社 (2011/10/22)
・笙野頼子『萌神分魂譜』集英社 (2007/12)
・ウラジーミル・ナボコフ『青白い炎』
――ジョン・フランシス・シェイド(1898‐1959)は、架空の詩人だ。その詩人の999行からなる長大な瞑想詩『青白い炎』を本文に掲げ、序文と注釈と索引を付して、研究書の体裁を整えるのは、これまた架空の人物、キンボート。彼は詩人の隣人でもあり、ロシア文学の教授でもあるのだが、実は狂人?…。彼の施す長大な注釈からはサスペンスが横溢。これは一体また何という注釈だろう!二つの異質なエクリチュールを配することで、合わせ鏡の迷宮にも似た不思議な文学空間の現出に成功、読者を唖然とさせた、ナボコフ円熟期の実験小説の傑作。――
岩波からも出ていますが、ちくま版です。『ロリータ』を書いた人の小説です。
小説……構成は詩とその解説という体裁をとっています。架空の詩人の詩に、架空の研究者が注釈を付けたもの。それでどこが小説なの? と思われるでしょう。
詩は普通です、というか普通にしっかりした本当の詩です。娘を失った詩人の胸中。
問題は解説です。詩人の隣人であるキンボートという大学教授が解説をしているのですが、内容が凄いですよもう。
キンボートは自分が「ゼンブラ」という架空の国の最後の王だと思っていて、そのことをぜひ有名な詩人であるお隣のシェイドさんに書いてもらいたかった。それでその妄想を喋りまくっていたところ、シェイドが詩を書き始めたようだ、と。
微妙に覗きやストーキングしながらその完成を待っていたキンボート。当然奥さんや周りの人に引かれています。
しかし完成した詩には自分の話が全く出てきていない。いや、そんなはずはない。実はここで書いてあるこの言葉はあの話を指しているに違いない。そういえば若いころこんな出来事があって……
という、解説じゃなくてほとんど連想ゲームのような架空の思い出話の話でした。しかもとてもリアル。
文体が結構読みづらくてそこまで読み込めなかったのですが、なんかもういい歳のオジサンがわくわくしながら自分語りをしている姿が面白くて。
文学的な面での意義うんぬんはわかりませんが、どこか微笑ましいくらいの滑稽さがいいですねぇ。
・太宰治『人間失格』
――「恥の多い生涯を送ってきました」3枚の奇怪な写真と共に渡された睡眠薬中毒者の手記には、その陰惨な半生が克明に描かれていました。無邪気さを装って周囲をあざむいた少年時代。次々と女性に関わり、自殺未遂をくり返しながら薬物におぼれていくその姿。「人間失格」はまさに太宰治の自伝であり遺書であった。作品完成の1か月後、彼は自らの命を断つ。――
色々な版元から出ていますが新潮社の古い文庫版で読みました。
そういえば読んだことなかったなと思って。
いやあ、「恥の多い生涯を送ってきました」に偽りなしですね。若者に読ませたい本らしいですがこんなもの読ませないほうがいいですよ多感な時期に。
多かれ少なかれ、皆この主人公と似たような想いはあるでしょう。むしろ現代的な病質に思えました。
生活に不自由なく、しかし生活力は無く。人間不信でもそれを補うだけの外面の良さはあり。
欲は無く決して怒らず、いつも静かに笑っている……でも甲斐性なしで酒浸りなのが主人公。顔が良いのが災いしてヒモ生活です。
今の時代に読むとリアル過ぎて笑えないですよねえ。薬物中毒で狂人とされて脳病院(精神病院?)に入れられ「人間、失格」というところなんてまさに。
でもなんだかどこか、やっぱりちょっと滑稽。いえ、笑っちゃいけないんですけど、真面目に論じるのもなんか変な感じしませんか? 「ははは、馬鹿だなあ全く」くらいの感想でいいと思いましたよ。
ところでSFCの『イデアの日』っていうゲームやった時に、「だざいはん」っていう敵が自殺という技を使ってきたのには驚いたなあ。仲間道連れにするんですよ。凄くないですか。
・岩井俊二、乙一『花とアリス殺人事件』
――乙一×岩井俊二、豪華コラボレーション!
石ノ森学園中学校に転校してきた有栖川徹子(通称:アリス)。
しかし、転校早々クラスメイトから嫌がらせを受けるようになる。彼女の席に呪われた噂があるようだ。そんなある日、アリスは、自分の隣の家が『花屋敷』と呼ばれ、怖れられていることを知る。
彼女は、ある目的をもって花屋敷に潜入するが、そこで待ち構えていたのは、不登校のクラスメイト・荒井花(通称:花)だった。――
映画『花とアリス』の続編、というか時系列的にはその前の話である『花とアリス殺人事件』を、乙一がノベライズした本です。映画は観ていないです。
まあ読みやすい。さすが乙一。岩井俊二も『リリイ・シュシュのすべて』好きです。Salyuも好きです。
内容自体は、そうですね、ライトですね。爽やか青春小説。可もなく不可もなく。
意外とというか毒が全くなく、元の映画自体が結構シーンの繋がりを描かなかったり時系列飛ばしたりする傾向のある監督なので、微妙に繋がらない気持ち悪さはありつつ。
読後感は爽やかですよ。
でもやっぱこの内容なら映画観たほうがいいかな……。ノベライズというかもっと書き込んで小説にしたものを読みたかったな……。
・吉田篤弘『モナ・リザの背中』
――五十歳を迎えた「先生」は、突然絵の中に迷い込んでしまう。絵の中の世界から描かれたものたちの声が立ちあがる、試みにみちた長編。――
かなり独特の感性をもった大学の先生が主人公。五十歳という人生の狭間に巻き込まれ絵の中に巻き込まれ夢と現実に巻き込まれ食堂のサンプルケースの下から帰還したりする。アノウエ君の帰還には鍵掛けます。
正直な感想は読みづらいです。言葉遊びが多すぎて時間掛かるんですよね。こんなに眠くなる本はそうそうない。
でもつまらないとは言っていません。基本的に好きな作家なので決して。エンターテイメントの体裁を取った思想・哲学寄りの本です。
道具立ては素晴らしく、目薬メヲサラ(旧メニポン)や助手のアノウエ君(旧イノウエ君)や入り込んだ絵の奥の世界、ポスターの中の遠近感、風神雷神、うでたまごやスーパースーパースーパーインスタントコーヒーの安心感、鳥肌の立つ男となった先生の意外にクールな心情、など要素はドキワクです。
でも眠くなるんですよねー……。休日にゆっくり読みたい一冊です。
・笙野頼子『萌神分魂譜』
――愛している―深く、限られた支持の中で作家は書き続けた。愛している―叩かれるために世に出た作家は死ななかった。愛している―滅びた神の声を聞いて彼女は「金毘羅」になった。愛している―さらなる危機が来た、祈りを失い、そして。愛している―内なる他者に出会う。生きる力は、消えない。判らなくてもいい、唱えてみればいい。言葉の力によって、生きようとする人と再生しようとする人のための愛の呪文。――
新井素子とか笙野頼子とか、たまにものすごく読みたくなる時がある。
でもこの本は激烈な一人称小説ではなく、主人公の「分魂」客人(マレビト)権現の「俺」と主人公の「私」で構成されているので静かなイメージ。
『金毘羅』の続編といっていい位置の小説です。というかほとんどすべて続編みたいな気がします。エッセイ読んでる気分です。でもそんなに過激なことは言ってなかった……うん、言ってたかもしれませんが、文体が穏やかなので、はい。
内容は説明しづらいのですが、いつもの感じではありました。猫と、神道、千葉の家と、批判と、コンプレックス。でもなんか「姫」とか言われちゃうと少し恥ずかしい。
――萌えシーンを沢山つなぎ合わせるために人格をぶった切ってあるカマトト小説が、辻褄合わせにメタフィクションのポーズだけとり、あつかましいストーリーをずぼずぼ繋げて、擬似ロリ満載で文学の王道に、入り込んでいることは悲観している。――
とかはしびれました。いたいいたい。笙野頼子の豊富な語彙で罵倒されたいって言っていた人いましたよね。
あ、今回もやっぱり帯おもしろかったです。
〇
〇
〇
「天体観測」は「爪爪爪」に、「ハルジオン」は「F」に、アートワークは「予襲復讐」に。
そもそもホルモン自体入れてない上にかすってもいないじゃねぇか……。
それではまた。
さようなら。
『人間は108の煩悩と3つの毒を背負ってしまった』