
ある日、突然に、
あと少しで6年になろうかとしていたボスとその娘と息子、いや娘たちかもしれないけれど姫と王子が、まんまるく膨れあがった白いお腹をみせて池に浮いていた。
一瞬、思考が止まった。理解するのに数秒かかった気がする。
それまでも何度となく池で飼っていた金魚たちがいなくなることはあったけれど、いつも忽然と理由が分からないままに消えていった。
がっかりはするけれどあまり哀しみを伴わなかった。
そのたびにまた買ってきて、一見いつもと変わらず池には金魚が泳いでいた。
最初に金魚を買ってきたのは父だったと思う。
金魚のことを気にするようになったのは、父の介護で頻繁に実家に戻るようになってからだ。
餌を買って来て、時々掃除をするようになった。池の金魚が消えて少なくなると、買い足すのも私の仕事になった。
毎朝、楽しそうに餌をあげる父の為、そして今は母の為に。
10匹いた事もある。そのうちの1匹はこの池で生まれた金魚だった。4,5センチほどの金魚たちの中に買った覚えのない小さな赤い金魚が泳いでいるのを見つけた時は父と大喜びをした。
父はその事を一行日記に書いて、その一行を見ては何度も池を覗き込んでいた。
徐々に、10匹いた金魚も消えていった。
父が亡くなった後、気付いたら1匹も見当たらなかった。
もう飼うのを止めようと決めて、池の掃除をしようとじっと見ていたら、スィッと小さな赤い金魚が葉っぱの影から泳ぎ出てきた。
お!
一番小さかったこの池で生まれた金魚が残っていた。
嬉しくて、ボスと名付けた。
1匹じゃ寂しいよね、とまた買ってきた。
店にはボスと同じ小赤の金魚はいなかったから、違う種類の金魚を3匹買った。
尻尾がひらひらとした華やかな感じの金魚を2匹、小赤に似た感じだけどやっぱりちょっとおしゃれな金魚を1匹。
まるで、ボスは田舎者で、買ってきた金魚たちは都会的で、勝手に愉快な感じがしていた。
最初は、ほんの少し大きいボスも嬉しそうに一緒に泳いでいたけれど、
そのうちボス以外の金魚たちは順番に消えていった。
一体なぜ消えるのか、深くは考えていなかった。野良猫は始終覘いていたし、野鳥もいるし、仕方ない。
また新しく買うべきか、と悩んで池の中をよくよく見ていたら、黒い小さな魚が泳いでいるのに気づいた。金魚の稚魚は黒いことを初めて知って、おまけに共食いすることも知った。
今まで消えていった金魚たちの行末をちょっと考えたけれど、考えてもしょうがない、
小さな黒い稚魚は5,6匹、いや、もっといたのかもしれない。そのうちの4匹が赤くなって、少しずつ大きくなっていった。
ボスの子ども達かもしれない。
そのうち、3匹がボスと一緒にどんどん大きくなっていった。
その頃、初めて池の半分に網を張った。
それから、金魚たちは消えなくなった。
ボスの子ども達にも名前を付けた。
姫と王子とプリン。最初の頃は赤い所が微妙に違っていたから見分けがついたけれど、大きくなったら赤一色になって分からなくなったけれど、ほぼ同じ大きさの二匹まとめて姫と王子。ちょっと小さいプリン。
ボスは20センチほど、姫と王子は15,6センチそしてプリンは10センチほどになっていた。
そのボスと姫と王子が浮いていた。
唖然として、深く考えることもなく、条件反射のように庭の隅を掘った。
一刻も早く、可哀想な金魚たちを埋めてあげたかった。
いや、正確にはその姿を早く視界から外したかったのかもしれない。見ていられない。
実家を留守にしていた2週間の間、ずっと浮いていたのかもしれないと思うと寂しすぎる。
見ないようにしながらも視界の端に見えてくる金魚たちは、もはや淡いピンク色で、白くて、作り物のようだった。
一匹ずつ掬っては埋め、掬っては埋めしていたら、幅1メートルほどの大きなお墓になった。
一気に埋めたら、気が抜けた。
あれっ? 何?
不思議な感覚で、もう一度池を覘いて見たら
プリンだけが池の隅に隠れるようにしてじっと佇んでいた。その姿を見ても、やっぱり腑に落ちない気分だった。
死因は何?
解剖した?
姉に聞かれて、あ、と思った。
忘れた。
解剖は、するのか?
大きいから、何者かに噛まれた後とか分かったか?
いやいや、テレビの見過ぎだ。
でも、死因はなんだろう。
残されたプリンが元気に泳いでいるのは何故だろう。
実家を離れる3日程前に水道を閉め忘れて、2昼夜入れっぱなしにしていたことがあった。
いつもは汚れていた池の水が底が見えるほどにきれいになっていた。
なかなか池の掃除ができていなかったから、怪我の功名とばかりに、内心喜んだりしていたけれど、思い当たる原因はそれだけのような気がしてきた。
暑い夏、2週間池の水をいれてあげなくても(不在だから)金魚たちは元気だったのに。
悔しい。悲しい。
水質が突然に真水に近い状態になったせいとしか思えない気がする。
犯人は私、か?
でも、その後数日は元気に泳いでいた。
プリンは生きているし。
寿命というのもあるらしい。
大きくなって(年を取って?)体力が落ちているところに、水質の変化に対応できなかったのかもしれない。
やっぱり、犯人は私、か。
母に何と言おうか、と心配していたけれど、
母は、縁側のカーテンを開けて金魚に餌をやるという日課を怠慢し続けた。
負い目があるから、強く言えずにいたら、
数日経って、ふと母に聞かれた
「金魚はおっか?(いるか)」
やっと思い出したらしい。
たいしたことではないという感じで伝えることが大事とばかりに、さりげなく余所見したままに応える。
「また、いなくなった。でも一匹は居るよ」
これでよし。母の反応を待つ。
母は事も無げに言った。
「一匹は寂しかね。
またこうてこんね」(買ってこんね)
そうだね。