初めてフィリピンを訪れたのは「青年の船」三重県主催(
地域の青年団で事務局長の肩書きが何故か有り、
この時の「フィリピン」イメージと言うか知識は「
着陸(何故か行きは飛行機)しタラップが接合され、
下から此方に手を振ってるフィリピーナ、
翌日からスタートした現地の大学(PWUとUP)
それにしても底抜けに明るい彼等の振る舞い、
帰国後にダイビングを習い、初海外ダイブはフィリピン。
それからも最低年1回はダイビングでフィリピンを訪れていました
人生はそれなりに上手く進んでいると思っていましたが、
そこから底辺生活が始まり、アルバイト生活も2年目(35歳)に入ろうかと言う時に、このままでは終えたくない。
そしてフィリピンライフの始まり、しかし何と言うか「違和感」
当面の稼ぎは観光ガイドのバイト、サラリー無しの歩合のみ。
仕事内容は現地日系駐在者対象の「ダイビング取得ツアー」のガイド役、
ただ日銭を稼ぐ積りだったのが、アレアレと言う間に自身がインストラクターなって独立。
スタート時は細々と講習を開催したりツアーを組んだりしていまし
当時の比インストラクター仲間から紹介されたリース地を即断して「海の家」スタート。
資金ゼロながら、テントを張り家の無い「海の家」をスタート。
今後の展望は、ゲストハウス。
高柿