「乗り遅れるわよ!」
階下から急かす母の声。
「いまいくって!」 
東京へ戻る日がやって来た。
あたしは荷物を母の車に詰め込む。
「もう、なんで昨日準備しとかなかったのよー。」
呆れた母の声。スルーする。
あたしはパソコンがずれ落ちないように固定した。

道が空いていたせいで駅にはかなり早い時間に着けた。
喫茶店で軽く食事を取る。
「またちょくちょく帰ってきなさいよ。お父さん寂しがってるんだからね。」
「はいはい。」
「あとこれ。」
そういってあたしに渡そうとしたものは一万円札数枚。
「いらないってば。」
「いいからもっていき。」
無理やり握らせられた。
「あ、それからこれも。」
そういって差し出されたのは見覚えのない封筒。
「さっきポストに入ってたのよ。」
「なに、誰から。」
「書いてないけど。」
「いいや、新幹線の中で見よ。」
ここで開封しないほうがいい気がした。

母にお礼を言って別れるとあたしは新幹線に乗り込む。
涼しくて気持ちいい。
東京まで三時間半の旅が再び始まる。荷物を棚にあげ窓際の席に落ち着いた。
次はいつ帰って来くるだろうか、ここに。
なんだか慌しい夏休みだった。
そう振り返りながら鞄の中の封筒を手に取る。
ちょっと重い。なにか入っている。ころころしたものが。
封を開けるのがなんだか躊躇われた。
思い切ってあければ出てきたものは手紙と、印鑑と通帳。
「え?」
隣の座席に人はいなかったが隠すようにそれを開く。
「――――――!」
息を呑む。
なんだこれ。

通帳は早川沙織名義。その通帳の残高は――――。 
あたしは通帳を封筒に戻し、あわてて手紙を開いた。
沙織ちゃんからの手紙を。


「あなたがこれを読んでいる頃、私はもう…



 なんちゃって。怒らないでね。
 あなたから「会いたい」とメールを貰った日にこれを書いています。
 明日会うことになったからそこで全部話すつもりだけれど、このことは手紙にも書いておくね。
 あなたの見つけた「宝」をお返しします。勝手に使っちゃってごめんなさい。
 でもこの存在を知っていたから私はあの、呪われた地を消し去ることができました。
 これがなければ一生何もできないままだったでしょう。
 だから、あなたのおかげです。本当にありがとう。

 あなたが知りたいと思っていること、全部話しますね。
 
 あの日。
 子供の頃のあの日。
 私があなたを追って廃墟で見つけた「宝」は、ものすごい数の一万円札でした。
 旧札の一万円札の束の山です。見たことのない光景に唖然としたのを覚えています。 
 あなたはそれを、家を往復して隠しているようでした。 
 本物なら警察に届けなければいけないのではないかと不安だったんだけど、黙っていました。
 そして見なかったことにしました。怖かったんだと思います。
 そうして時間が経つにつれ私の記憶からも忘れ去られてしまったのです。

 ずいぶん長い間、そんなことがあったことも忘れていましたが、南川地区を調べていて、あの地域を何とかしないといけない、と思ったときに何故かふと思い出してしまったのです。
 でも過去にあれを見てはいたけど、あれが本物のお金だとは信じていなかったし、もしニセモノならば私が捕まってしまうかもと思って、なかなか踏み切れませんでした。
 そんな折り、あなたの家の改築の話が耳に入ってきたんです。母屋も離れも新しくなるって。私は焦りました。このままではあなたの隠した大金が他の誰かにみつかってしまうかもしれない。ううん、もしかしたら誰の目にも触れられず永久に埋まってしまうのではないか、と。
 だから私は、改築の手がつけられる前、あなたのご両親が仕事に出かけているすきに、あの蔵からお金を運び出したのです。すごい量で、子供の頃よくあなたがあそこに運び込めたなっておもうくらいでした。
 代わりに地図をおいておいたのは、あなたがもしあそこを掘り起こすようなことがあったときに、私がやったのだという手がかりを残しておいたほうがいいと思って。
 あなたが昔私にくれた地図。というか私が欲しがってしまった地図。あなたは大事そうにしていたのに私のわがままで、貰ったときは嬉しかったけど、後悔もしていました。あなたに返す意味でもあれを置いておきました 
 あなたの記憶が戻ったら、真っ先に私を疑ってくれると思って。

 そして、そのとおりになったね。
 今日メールを貰ったとき、直感でわかったの。あれをみつけたんだなって。
 
 やっと話せる時期がきました。
 これは憶測だけれど、あなたが見つけたお金。あれは昔あった「三億円強奪事件」のものだったのではないかと思います。
 なぜあんなところにあったのか、誰が持ってきたのかは分からないけれど。

 南川消滅に使うとき、南川の地区長さんにお願いして調べてもらったら、やっぱり本物のお金でした。
 そして口座を作ってみたら三億に近い金額になって驚きました。
 偶然なのかもしれない。三億って金額を見て、ただ、そう思っただけです。
 でもこのお金があれば、私にもなんとかできると思えたのです。

 南川の人達が新しく住む場所を無事に提供できました。といっても豪勢なものではなく貸家だったりアパートだったり、人それぞれですが。それから引越し費用にも使わせてもらいました。後は、火事のための材料費、かな。消化の為に南川の親戚の人が消防車も用意してくれたので、そういうところにも。
 南川の人たちは今はちりぢりになって暮らしています。住所も分からなくなった人もいるけど、今でも、あのときの費用を返金してくれている人もいるのです。
 私の名義ですが、通帳にしてお返ししますね。届け印と暗証番号もいれておきます。
 あなたのものです。

 子供の時は、あの大金を見つけたときに、どうして誰にもいわないのだろうと不思議でした。
 でも大人になって思えば、あなたは正しいことをしたのだと分かりました。
 とりわけ、この町の正体がわかってからは。
 もしあなたがあの時、あの大金の存在を発表していたら、間違いなくあの町はあのお金をくすねたでしょうから。
 想像だけど、そう思えます。そういう町です。事件が起こるのを極端に嫌う町なのです。
 治安が悪いとか、他所の町から叩かれることを非常に気にする町なのです。 
 だから南川の火事を知っていてもいまだに知らん振りしています。何事もなかったかのように。
 
 たぶん子供心に、あなたにもそれが分かっていて隠したのでしょうね。
 あなたは正しかった。
 私はそう思います。
 
 
 
 他に何を書けばいいかな。話すことがいっぱいあった気がするんだけど、いざ書くとなると忘れちゃうね。
 あした公園で全部話せると思うから、大丈夫かな。
 
 
 
 あ。同窓会。南川の人達を呼べなくてごめんなさい。南川を消した時の約束で、二度とあの町と人には近づかないでって約束をしてしまったのです。
 これ以上誰かがいじめられるのはうんざりです。
 いじめて喜ぶ連中の顔も見たくありません。それから、まるで関心もないかのようにしらんぷりしている連中も…。


 南川のこと。
 たぶんあなたは昔から知らなかったはずですね。
 あなたの隠した「宝」から繋がって、知ってしまうことになると思うけれど。
 でもどうかそのことを後悔しないでいてください。
 あなただけが平等だった。
 クラスメイトにも南川にも。
 あなただけが優しかった。
 そのことが私は嬉しかったんですから。 
 

 大胆なことをしてしまった私を、あなたは軽蔑しているでしょうか。
 

 南川は消えてしまったけれど、あの町の人が生きている限り、あの町の人の記憶にある限り、あの場所は生き続けるのです。完全に消し去ることなんてできないのです。いまでもそんな場所があったのだと、生まれてきた子供達に言い伝えている親がいるかもしれない。
 枯泉地区の真実を知らない町の人々は、いまでもあの地区をやっぱりまだ見下していて、そういう町が存在したのよ、と、もしかしたらその曖昧な記憶は誇大されて言い伝えられていくのかもしれない。そしてやっぱり記憶は受け継がれていく。
 それでも私はどうにかしたかった。
 いつか、数十年か数百年か経って、人が完全に入れ替わったときに、たんだん記憶が薄れていけばいいと願っています。

 私のやったことが、そのきっかけになればいいと願っています。」

 

手紙はそこで終わっていた。

 

あたしは窓の外の風景をみながら思い出していた。
あの町の事を。
あの町を愛する人はいたんだろうか。
ずっとずっと長い間、特別な地域を自分たちで作り上げていた町。
決してそれを消さなかった町。
自分たちで下等な土地を作り出しておきながら、人を見下してはいけない、としつこく教え込んでいた町。
 
おかしいよね。
矛盾している。
やっぱりよくわからない。あの町のことは。
何がしたかったんだろう。何が、起こっていたんだろう。誰が、言い出したことなんだろう。
わからない。

 

もしかしてあの道徳の授業は、誰かの本気の善意だったのだろうか。
なんとかあの町を救おうとしていた?南川を助けようとしていた?
ああ、でも授業をすることでやはり記憶は植えつけられていく。
あの町に、下等な地区が存在するのだと、認識させてしまう。
ああ、もう。
わからない。
わからない。
わからないけど、あの町から離れない人たちもいる。
全部を知っていて。
そこにいる。


 

ふと頭をよぎった意外な想像。
「まさかね…」
自分で笑い飛ばす。
「まさか。」
沙織ちゃんはあの町が好きだったのではないか。
「まさかね。」
嫌い、だとは聞いたことが無い。
好きな町だからこそ、南川を消して守ったのではないか。


 

本当のところはわからないけれど。
「みのりちゃん!みのりちゃん!」といつも後を追いかけてきた沙織ちゃんの姿が思い出された。
田舎で不便な町だったけれど、なにもないなりに自然の中で走り回って遊んでいたあの頃の私達。
あたしたちは確かにそこにいたのだ。あの町で生きてきたのだ。
それは町がどんなに姿かたちを変えようと揺るがない事実。
 


 

再び取り出した通帳には二億以上の残高が記されていた。毎月数十人からの振込みがあるようだ。名前は…覚えのない人ばかり。それも作戦なのだろうか。月ごとの決まった曜日に定期的に振り込まれいるのは、もしかして沙織ちゃんが…?

 

早川沙織。彼女の計画にぞっとしない気がしないでもない。
 


 

広島に帰る前に偶然見た「三億円事件」をモチーフにしたある映画。
あれで何かを思い出した。何かがあたしの中でリンクしたのだ。なのにリンク先が分からない。 
何があるんだっけ、映画と関係があるんだっけ。なぜ、どうしてあの映画であたしはあんなにドキドキしたのか。
あの町に帰ればハッキリするのだとわかったくらい。
その先にあるものは昔から探していた合言葉の紙だったか、修ちゃんの家にある地図だったかはわからない。とにかく何かを探さなくちゃ、と、記憶がすっぽり抜けていた。
 
曖昧な過去の記憶。
紙芝居のように次から次へとめくられていく記憶。
その中に見え隠れした紙の束の山。お札の束の山。

 

隠した物を思い出せたとき、真実を知るチャンスがきたのかもしれないと思った。あれはあの事件に何か関係があるもので、事件の真相が分かるのかもしれない。と。 とっくに時効になってはいるだろうけど、自分の興味はそっちだった。
だがこの大金の出所も真実も、もう闇の彼方だ。一生知ることもないだろう。

 

それと引き換えに、あたしは思ってもいなかったこの町の歴史を知る。

 

 
だけど。
「宝」を隠した場所をきれいさっぱり忘れていたのは何故だろう。

 

「自己防衛本能」
彼女が言っていた言葉がよみがえる。
 
あたしもすでに飲み込まれている。
そんな気がした。

 

ため息が出た。
手紙を封筒に戻そうと最後の一枚をめくると、もう一枚あった。

 

「追伸。
南川の公園はあと一年したら壊します。
残っていると意味がないって反対したんだけど、どうしても少しの間だけ残しておいてくれって、ある人から頼まれたので。」

 

神谷君だ―――!

 

間違いない。
 
「お前さあ、遊びにくれば?」

 

遠慮がちに誘ってくれたあの顔がよみがえる。
 
九年前。
炎がすべてを飲み込んだ、南川の最後のなつやすみ。
 
彼はどんな思いでみつめていたのだろう。
 
大した理由もないのに下等な地域の住人として虐げられてきた彼ら。
土地に根付いた言い伝えのせいでずっと肩身の狭い思いをしてきた彼ら。
故郷を捨てざるを得なかった彼ら。
 
もう二度と会えない。
二度と。

 

あの日、勇気を出して誘ってくれた神谷くんの気持ちを思って、あたしは新幹線のなかで泣いた。





 

                                                                                          終わり。








 

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この物語はフィクションです。
登場する人物、団体名は架空のものです。
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