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【遊行者の如く】№745
 
 
無能 唱元師の心に響く言葉より…
 
 
「その人の悩みの量は、その人の魅力の量に逆比例する」
 
すなわち、悩みを多く持つ人には魅力が少なく、他人を引きつけることができないのです。
 
 
「魅力とは他人に何かを与えることによって生じ、他人に何かを求めることによって消滅する」
 
結局、与えるということは、他人の何かの悩みを払い去ってやることであり、そして他人にそれをしてやるためには、まず、「自分が悩みのない人」であることが必要になってくるからであります。
 
 
ここで、誤解されてならないのは、悩みが多いということと、問題を多く抱えているということは全く別問題であるという点です。
 
たとえば、病気だったり、破産したり、会社をクビになったとしても、それは客観的事実としての外部的要因であり、それについて悩んでいなければ、その人にとっての悩みは存在しないことになります。
 
これは要するに、自己コントロールがうまく行われている状態であり、この自己コントロールがうまく行われているということは、弛緩(しかん)がうまくいっているということになります。
 
 
それは、その人の人となりに、ひとつのゆとり、余裕といった雰囲気をただよわすようにもなるのです。
 
この「余裕」こそ、最も大切であります。
 
では、このような余裕を得るには、どのようにしたらよいか、というと、それには、人生を楽しもう、と決心することです。
 
また、自分の人生を一つのゲームである、と思うことです。
 
言い替えれば、あまり真剣に「何が正しいことか?」などということを追求するのをやめて、「明るく、楽しく暮らす」ように考えることです。
 
 
「遊行者(ゆぎょうしゃ)」と仏教ではいいます。
 
この世の旅路を、淡々と楽しみながら生きて行こうと心がけることです。
 
 
人間界にあってなお、空を行く雲のごとくこだわりのない人があったなら、その人はまさに「最高の魅力のある人」と私は呼びたいのです。
 
右にもとらわれず、左にもとらわれず、そして必要とあれば、右にも左にもあえてとらえられる、このような自由自在の境地に到った人。
 
あたかも自然の一部と化してしまったような人。
 
気負いもないく、淡々と自らの生を楽しみ、人々を明るくし、人生をあたかも一場の芝居のように、またゲームのように遊びながら生きている人。
 
このような「遊行者(ゆぎょうしゃ)」に、私は心からあこがれ、魅きつけられずにはいられないのです。
 
『人蕩術奥儀』致知出版社 
 
 
 
たとえ問題が山積していようと、それを悩みとするかどうかは別の問題。
 
次から次へと難問が降り注いでいる人でも、明るく前向きに生きている人はいる。
 
反対に、問題を多く抱えている人からみれば些細なことであっても、それを苦にして、悩み苦しむ人もいる。
 
 
悩みを抱える人には弛緩(しかん)という緩(ゆる)みがない。
 
たえず、緊張し、重圧を感じて、神経質になり、硬(かた)くなっている。
 
 
硬直した心をほぐすには、自分を一旦高いところから見つめるという、俯瞰(ふかん)する心が必要だ。
 
問題が起きたら、自分を他人のように客体化してみる。
 
人生を一場の舞台のように見ることでもある。
 
 
「人生は冥土(めいど)までの暇つぶし」と、今東光和尚は言った。
 
まさに、遊行者の心境だ。
 
 
人生を、あたかも遊行者の如(ごと)く、余裕を持って淡々と生きてみたい。
 
 
 
 
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