第1章【挫折からの再挑戦 10 】
S校長先生は、私にとって
もうひとりの父のような存在でした。
Principal S is still like my another father.
ご近所にお住まいだということがわかり、
車を修理に出しているときなどは、よく車に乗せていただいて出勤したし、
私が学級の
緊急保護者会でずっと泣きっぱなしで11時までかかったときも、
不登校生を迎えに行く途中、
新車が自動車事故に遭って
ボーナスがずいぶんと飛んでいって辛いときも
授業も学級もうまくいかなくて大変なときも
頭を下げて辞職するときも…
全てを見守り、
見届けてくださりました。
He was my neighbor and often gave me a ride when I had my car repaired.
It was...
①when I had an emergency papetnt- teacher meeting until 11 o'clock and had been crying all the time,
②when I had my brand new car clashed on my way to the stud e nt's home from my house in the morning,
③when my class wasn't under control,
principal S supported me and stood by me.
なんと、
寝台特急で弘前から引き上げるとき、駅まで見送りにも…(今の夫とプラットホームに並んで、二人に見送られたのです💦)
Also, he saw me off with my future husband when I took sleeping limited express from Hirosaki to Fukui.
私はこの地に骨を埋めるなどと
立派に返事をしながらも、
務めを果たせず
辞職を申し出ました。
I resigned although I made a promice that I was going to be buried in Hirosaki.
止めていただいたのに、
わたしは頑なに意志を貫きました
I went my way ...
そうしているうちに
福井から 父が ネクタイをして
直接頭を下げに はるばる やって来ました。
In time, my father came
all the way from Fukui, wearing tie to apologize him.
こうやって、
いろんな方々を振り回して
ご迷惑をかけたこと…
今なら、ことの重大さがよくわかります。
As I mentioned, I was so selfish. Now I know how serious it is.
最初に教員になったときは、
苦労の連続で
自分にはとても務まらなかったし、
もっと自分には違う生き方がある、
と思っていたけど、
I had been thinking I can't do anymore and I can choose another job.
それだけでなく、
実は多くの方々の期待を
反故にしてしまっていたのでした。
But my behavior betrayed the expectation of people around me.
若いときの失敗を
これからの人生で
恩返ししたい🍀
そう思って過ごしています。
I want to work to compensate.
「恩返し🙇」は、実は
あのM校長との面接練習での
「キーワード その2」 でした😂
これからも「恩返し」するために日々、粛々と仕事に励みます。
つづく🤭
いつも長文お付き合いくださり、ありがとうございます
m(_ _)m


