丹沢さんに振られてから、
3ヶ月も経ちました。
いつもなら
もう忘れられるのに、
未だに丹沢さんが大好きで
声が聞きたくて
つい電話してしまいます。
出ないのなんて
分かっているのに、
どうしても声が聞きたいと
思ってしまいます。
一緒に過ごした時間が
幸せすぎて、
大切すぎました。
これからも一緒にいるんだ
って信じてました。
出会ってからの
出来事一つ一つが幸せで、
一緒に過ごす時間が
愛おしくて、
あなたと一緒にいることが
わたしの幸せで
生きる理由でした。
実習に、試験に、
自分の将来について
考える時間があったから
強くなったつもりだったけど
すべてが終わったら
丹沢さんのことばかりで、
今は考えないように
するのに必死です。
丹沢さんのことを
忘れるためには
もう少し時間が必要です。
好きな人ができて
手を繋いで歩くような
特別なんかいらない
なんでもない恋をしたいです。
お互いを思い合える
がんばってることを応援して
嬉しいことも
辛いことも
分かり合えるような、
そんな幸せがほしいな
って思います。
たまにお金と時間をかけて
遠出してみたりする
幸せだなって
思えるようなことも
してみたいと思います。
そう思う私は
贅沢なんでしょうか。
小さな出来事の
一つ一つを共有して
将来のことも考えてみたい。
互いに同じ未来を見ながら
生きてみたいです。
あのとき私は
泣き出すべきだった
のでしょうか。
泣いてすがりつけば
何か変わったのでしょうか。
いつまでも
こうして
過ぎたことを
引きずる意味は
あるのでしょうか。
恋愛を欲する意味は
一体何なのでしょうか。
いまの私は
丹沢さんを愛していると
言えるのでしょうか。
こんな私にも人を
愛せるのでしょうか。
人を信じることが
できるのでしょうか。
自分について考えると
不安でしかない。
自分の淋しさを埋めるために
たくさんの人を傷つけてきた。
自分が傷つき
やっと傷みを知りました。
愛することの難しさと
愛されることの難しさと
愛することの幸せと
愛されることの幸せを
知りました。
愛のすばらしさを
知りました。
こうやって
よくわからないことについて
考えることが
なんとなく楽しいなって
思うようになった。
文章にすることを
自分の足跡として残して
振り返ったときに
懐かしいと思えるのが
いいんだなって思う。
もう、
丹沢さんから離れよう。
離れなくちゃ
前には進めない。
やっと離れられる気がする。
誰にでも
こういう過去がある。
私も胸にしまっておけばいい。
久しぶりに
何もない夏を過ごした。
21歳の夏。
私は明日で22歳になる。
頑張ろう。
仕事も勉強も
バスケも恋も。
大人になるぞー!!