神の深心
信仰に入ることが無限を得ること。 マコトの神をつかむことぞ。
真の信仰に入ると宗教に囚われなくなるぞ。形式には囚われなくなるぞ。
信仰に入るは楽であるが楽でないぞ。裸体になってブツカレよ。
神様も裸体になってそなたを抱いてくださるぞよ。
順と区別さへ心得て居れば、何拝んでもよいと申してあろうが。
日の神様ばかりに囚われると判らんことになるぞ。
気付けおくぞ。それでは信仰にならん。父だけ拝んで母拝まんのは親不孝ぞ、
おかげないぞ。おかげあったらヨコシマのおかげと心得よ。
手だけ尊んではいかん。足だけ尊んでもいかん。一切に向かって
感謝せよと申してあろうが。形式を馬鹿にしてはならんぞ。
川がなければ水流れん道理。始めはカタふんで行かなならん。
他の神を拝してはならんと云う、そなたの信仰はそれだけのもの、早よう卒業結構。
岡本天明 著 「新版ひふみ神示」より コスモ・テン
神様って、とても不思議だ。 どうしても願いを聞いて欲しい時は
何も聞いてくれなくて、何かに一生懸命の時に、いつの間にか
願いが叶っていたりする。ほんとうに神様って・・いるのかいなと
不思議になるのだ。
しかし、最近 やはり神はいるのだろうと思えるようになった。
姿なく、形もないけれど、 答えてくれる・・・。(もの)・・・・。
それが神さまだと思える。
誰にも等しく居て、本気の時には様々な形をして答えてくれる(もの)
空気の中に、本当はさんざめくように常に居るもの
目には見えず、心に響き、心が感じ取るもの。