(TBS NEWS DIGより)

「この国に裁判はないことになる」殺害の罪に問われた講談社元社員に懲役11年有罪判決 東京高裁のやり直し裁判 被告は一貫して無罪主張

2016年に妻を殺害したとして殺人の罪に問われている講談社元社員のやり直しの裁判で、東京高裁はさきほど、被告側の控訴を棄却し、元社員に懲役11年の判決を言い渡しました。 

講談社の元社員・朴鐘顕(パクチョンヒョン)被告は2016年8月、都内の自宅で妻を殺害した罪に問われていますが、「妻は産後うつで自殺した」として、一貫して無罪を主張していました。

 1審と2審は懲役11年の判決でしたが最高裁は、おととし、裁判のやり直しを命じていました。 これまで検察側は、朴被告が寝室で妻の首を絞めて殺害し、転落死を装うために階段から突き落としたと主張。

一方、朴被告側は、妻が包丁を持ち出したためもみ合いになり、朴被告が別の部屋に逃げたところ、その後、階段の下で妻は自殺していたと主張していました。 

朴被告側の主張について東京高裁はきょうの判決で、「自宅における自殺の仕方として奇異というほかない」「被告人の供述は信用性に欠ける」と指摘。 

「1審の判決は不合理ではない」として、朴被告側の控訴を棄却し、改めて懲役11年の判決を言い渡しました。 主文が言い渡された直後、朴被告は驚いた様子で、「この国に裁判はないことになってしまいます」と大声を上げました。

 

(クローズアップ現代より)

“決定的証拠なき裁判” 講談社元社員の夫 有罪判決はなぜ

事件・裁判のあらまし

事件、裁判の概略図

<事件発生>

2016年8月9日、午前3時。119番通報を受けた救急隊が駆けつけると、妻・佳菜子さん(当時38歳)が自宅の玄関付近で窒息死していました。通報をしたのは、夫の朴鐘顕(パク・チョンヒョン)被告でした。

<逮捕・起訴>

事件から5か月後の2017年1月、警察は「妻の首を絞めて殺害した」という疑いで夫の朴被告を逮捕、その後起訴。朴被告は「妻は階段で首をつって自殺した」と容疑を否認。

<一審・東京地裁>

「朴被告が殺害した」という検察側の主張が認められ、懲役11年の有罪判決。

<二審・東京高裁>

一審判決に「不合理」な点があるとしたが、結論として一審判決を支持、控訴を棄却。

朴被告は現在、最高裁判所に上告しています。

<被害者親族による異例の上申書>

決定的な証拠がないまま出された判決に対し、亡くなった妻の親族までが「審理を十分に尽くしてほしい」と、公正な判断を求める上申書を最高裁に提出しています。
(注)高裁判決に疑問点が多いため、最高裁で「差し戻し」となった(ということは、ふつう「無罪」が期待される)が、今回高裁でまた「懲役11年」とされてしまいました。

事件直前の様子を再現した画像

なぜ妻は自宅で窒息死したのか。その直前の様子について、朴被告は次のように供述しています。

・深夜に帰宅後、妻が育児などのストレスから突然錯乱状態に。包丁を持ちだし、朴被告ともみ合いになる

・その後、妻が『子どもと一緒に死ぬ』と言って、生後10か月の末っ子が眠る寝室に向かう

・朴被告が追いかけて、妻をうつぶせの状態でおさえつける

検察側・弁護側で主張が異なるのは、この後からです。

「自殺」か?「他殺」か?

審理の前提や、弁護側・検察側の主張を示した図

<前提>

・妻が「けい部圧迫」によって窒息死したことは争いがない事実

・第三者による殺害の可能性はない

<弁護側の主張>

妻が自ら首をつった「自殺」

<検察側の主張>

朴被告が首を絞めて窒息死させた「他殺」

目撃情報などの直接証拠はなく、司法解剖の所見からも自殺か他殺かの判断はつかなかったことから、裁判は“間接証拠”のみで争われる形となりました。

弁護側の主張を表したイラスト図

<弁護側の主張>

・朴被告は寝室でのもみ合いのあと、子どもを抱えて逃げ出し、2階にある別の部屋に閉じこもる

数十分後、部屋を出て階段をのぞき込むと、妻がジャケットを手すりにかけ、首をつっていた

・その後、朴被告は妻を階段の下まで降ろし119番通報した

検察側の主張を表したイラスト図

<検察側の主張>

・寝室でのもみ合いの末に、朴被告が腕で妻の首を絞めて殺害

・階段まで運び、そこから突き落とした

一審判決は「有罪」

有罪判決理由や、争点を簡略に示した図

<一審判決>

一審は、重大事件であることから裁判員裁判で行われました。

事件から3年後の2019年、東京地方裁判所は「夫が首を圧迫して殺害したことは、常識に照らして間違いない」として、朴被告に懲役11年の有罪判決を言い渡しました。

争点①について弁護側・検察側の主張を示した図

一審判決が根拠のひとつとしたのは、寝室の布団に残っていた妻の「唾液混じりの血痕」と「失禁の痕」です。裁判の大きな争点となっていました。

<検察側の主張>

複数の法医学者が「どちらも窒息死に至る過程で生じることがある」と証言。

そのうちの一人である検察側の法医学者が「失禁、大量の尿があり、しかも唾液に混ざった血液が存在するということであれば(中略)おそらく死亡場所になる」と証言したことから、検察側は「寝室が殺害現場である」と主張しました。

<弁護側の反論>

一方、弁護側はこれについて「どちらも他の原因でも起きる」と反論。

実際に、妻の司法解剖をおこなった法医学者は「解剖時に鼻に血が付着」していたと証言し、別の法医学者も「鼻血でも唾液に混じる」 と証言していました。

失禁についても「けい動脈圧迫による“失神”(意識の喪失)であっても失禁する」と証言していました。

<一審判決>

東京地裁は、「他の原因でも起きる」という弁護側の主張に対し、「不自然ではあるが個別に見ればありえないとまではいえない」としました。 

もうひとつの争点「額の傷」

争点②について弁護側・検察側の主張を示した図

さらに、番組内では紹介しきれなかった「もうひとつの争点」がありました。

自殺か他殺かを判断する上で大きな争点となったのが、妻の額に残っていた3センチほどの傷です。

妻が亡くなっていた階段付近や洗面所などに、この傷から出血したものとみられる15か所の血痕が見つかっていました。 

<法医学者の証言>

・傷には出血反応がある上に、妻の衣服にもこの傷からの出血とみられる血痕がついている

この傷は“心臓が動いている時”にできたものと考えられることから、弁護側・検察側はそれぞれ次のように主張しました。

<弁護側の主張>

・寝室でのもみ合いのあとも妻は生きていて、そのときに額の傷ができた。

・もし朴被告が寝室で妻を殺害していたとしたら、寝室の血痕が微量なのは不自然。

・「寝室で殺害した」とする検察側の主張は成立しない

<検察側の反論>

・この傷は死戦期(死の直前。脈拍や呼吸が次第に弱まっていく状態)に負ったもの

・寝室で朴被告が妻を殺害し、その後、心臓が完全に止まるまでの間に階段まで運び、突き落としたことで傷ができた。

これによって、額の傷が生前に負ったものであれば「自殺」。死戦期に負ったものであれば「他殺」という構図になりました。

<一審判決>

階段付近や洗面所などの血痕が「15か所」と少ないとして、妻の額の傷は「死戦期に負った傷だ」という検察側の主張が認められました。

「額から血が出ている状態で家の中を歩き回っていたのなら、現場の血痕が少ないのは説明がつかない」

朴被告が供述を変えたことも影響か

朴被告の供述内容の変遷を示した図

判決には、事件発生直後に朴被告が供述を変えたことも影響しているとみられています。

事件当時、現場にかけつけた警察官に対して、朴被告は「階段から落ちたことにしてほしい(=事故)」と説明。母が自殺したとなれば子どもたちがショックを受けると考えたからだといいます。

警察に「自殺だった」と供述したのは、事件の翌日。この供述の変化が法廷でも厳しく問われたのです。

“新証拠”で争われた二審

二審での新証拠や、それを踏まえた二審判決の内容を示した図

弁護側は無罪を主張して控訴。二審で、新たな証拠が明らかになりました。

階段付近や洗面台などに新たに13か所の血痕があったとし、合計28か所の血痕が残されていたというものです。一審判決で示された、額の傷からの出血による「血痕が少ない」という根拠を覆すものでした。

<二審判決>

二審判決は「血痕の少なさ」を根拠のひとつとした一審判決を「不合理」としました。その上で、有罪の一審判決を「結論として相当」として、控訴を棄却したのです。

その大きな理由として、東京高裁は「傷を負ったとき意識があれば、その傷を手で触ったり血を拭ったりするはずだが、その痕跡がないのは不自然だ」としました。

しかし、この「妻の手に血痕がない」という点は、それまで一度も争点となっていませんでした。

元裁判官で法政大学法科大学院の水野智幸教授は、次のように話しています。

「高裁が、弁護側や検察側にない独自の視点を持ち出すこと自体は問題ありません。しかし、その際、法廷での議論は不可欠です。一審とは全く違う理由を持ち出し、そしてその理由も“絶対にそうだ”とは言い切れない不確かなもの。一審の前提事実が覆った時点で、少なくとも一審へ差し戻しにすべきだったのではないか」

 

妻の“心”に何があったのか

妻の産後うつを争点にしなかった理由など

今回の裁判では、自殺であっても他殺であっても「動機については重視しない」ことが、検察側と弁護側、裁判官の間で事前に取り決められていたことが取材でわかりました。

事件の夜、包丁を持ちだして死を迫るなどした妻は、第3子と第4子の出産後に、「産後うつ」の兆候がみられていました。

さらに事件の年、子どもの1人に軽度の先天性障害があることが明らかになり、妻は事件の12時間前にも大学病院を訪れていました。当時の医師のカルテには、「障害の原因が出産時にあるのではないか」と深く思い悩んでいた様子が記録されています。

朴被告に対しても、「息切れ状態です。一日一日過ごすのが精一杯です」「力が入らない。涙が止まらない」などといったメールを立て続けに15通、送っていました。

朴被告は「妻の死を子どもたちのせいにしたくない」と、「産後うつ」を争点にすることを望まなかったといいます。

精神科医で、日本自殺総合対策学会理事の小泉典章医師はこう話します。

佳菜子さんは産後うつの傾向がはっきり現れています。非常に危険な心理状態だったはずです。精神科医も含めて心理学的な検証をすることが必要だ」

産後女性の死因のトップは、自殺。産後うつは誰にでも起こりえて、なかなか症状が見えにくいものだと知ってもらうことが必要だ 

 

桑子:
今回の裁判ですと、産後うつという状態も十分に検証されなかった。この点に関してはどうでしょうか。

水野さん:
産後うつの症状がかなり切迫したものだったということが言えますし、客観的な状況から言えることもかなり不確実だということを照らすと、本件では産後うつのことも考慮に入れたほうがよかったのかなと、今では考えられます。

桑子:
そして、検証が不十分だったとされる背景に「裁判員裁判による審理の迅速化」。この審理の迅速化が背景にあるということなんですね。

水野さん:
裁判員が含まれる審理をしますので、どうしても時間的、精神的な負担を減らすために検討する事項を絞ろうという意識が働きます。その意識で、産後うつや動機面は外したのかなと。

桑子:
ただ迅速化すればいい、というふうにも思えないのですが。

水野さん:
もちろん、そのバランスをきちんととることが大事だと思います。

桑子:
今、裁判員制度のあり方のお話がありましたが、今回の事件で司法解剖を担当し、証言台にも立った岩瀬医師は司法全体の課題として、こんなことを指摘しています。

千葉大学 法医学教室 岩瀬博太郎教授
「(裁判では)いろんな鑑定人を連れてきて、まるでパズルのパーツ合わせみたいに組み合わせてストーリーを作って、有罪判決にもっていくようなことをいつもされている。専門家という名前がついている人が自信ありげに言うと、それが通っちゃうというのは多々経験していますね」

 

(編集部より)

被告は一貫して無実を主張しているのに

「産後うつ」で自殺したのではないか、と言われているのに、裁判の中で「産後うつ」については審理されていない。

裁判員裁判なので、サッサと終わらせるために、「産後うつ」や「動機」について審理しなかった。

こんなデタラメな裁判で無実の人間が「懲役11年」にされたとしたら、本当に恐ろしいことです。

こうしたやり方で数えきれないほどの「えん罪」を作り出して来た日本の司法の「闇」にメスを入れる必要があるのではないでしょうか?

 

映画「真昼の暗黒」を思い出しました。ラストの「お母さん、まだ最高裁があるんだ!!」という被告の叫びが耳に残っています。

この映画のモデルになった「八海事件」では、二度の差し戻し審の末、被告全員が無罪を勝ち取りました。

 

 

 

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