難聴児の塾選び
我が家の塾の変遷を。色々あけすけに書いているので不愉快な方もいらっしゃると思います。塾関係者、難聴児のお父様にはぜひ読んで頂きたく、アメンバーにはしていません。情報は、その当時なので変わっていることもあるかと思います。ロジャーの使用については各塾に障害者支援法を踏まえてお問い合わせください。そもそも中学受験をしようと思ったのは小学校入学時点で、中学校の内申制度について教育委員会に問い合わせると、難聴ゆえにできないこと(例えば歌を音程通りに歌うことなど)は、評定には考慮されないと言われそれなら、高校受験は難しくなると考え中学受験をすることにした。私が中高一貫校で楽しく過ごせたことも関係していた。一人っ子の我が子には心を許せるお友達が中高一貫ののんびりした中でできたらと思っている。小学校受験は合格した学校は1校は中高一貫、なんなら大学もある。もう1校は中学校は併設されていませんでした。小学校だけの環境を考えて、小学校のみの学校を選びました。中高一貫校の方は、中学受験すればもっと上には受かれるな、と思ったのと、遠かったので高校まで通うのはないなと思いました。(小学校は車送迎可で送るとしても、中学から自力で通うと1時間以上かかる)12年間同じ所にいるのは長すぎるとも思いました。受験塾の先生からは、難聴のこともあるし、ここから慶應に受かる子だっているからこっちがいいんじゃない?と言われた。ともかく、小学校の6年間だけを考え併設がない方を選びました。塾は、どの塾もターミナル駅にあり自宅から車で30分でした。新3年で駿台浜学園に入塾。決め手はロジャーを快諾してくれたことと、ビルが新築、少人数。2つにクラスがわけられていた(はず)。上のクラスでした。素直で、家庭でも一緒に勉強していた。ノート提出があり、強制力や、やりがいがあった。でも、この頃から、国語をちゃんと教えられる先生と言うのはあまりいないのだな、と感じていた。また国語をものにするのは大変(難聴児は特に)と思っていたが、まだ4年ある。暇さえあれば本を読んでいたし、語彙は問題ないと思っていたし、それなりに出来るようになると思っていた。新4年クラスが3つに分けられる。真ん中クラスの上の方が定位置。今考えると、ここで理科を頑張らなければいけなかったが、算国でいっぱいいっぱいだった。学校が遠くて、時間がなかったというのもある。算数の時間を少し理科に回せば良かったな。中学受験はとにかく算数だ、という気持ちもあった。4年の終わり頃に、塾に強烈な子が入塾してくる。突っ伏して寝ていたり、どーでもいいことを言ったり、トイレに行くと言っては出入りを繰り返す。。少人数ゆえ、3つのレベルが全て同じ教室にいるので、下のクラスの子達の(ついていけないゆえの)やる気のなさが目立つようになり、授業を見学すると、その子たちは先生方板書きしている間に消しゴムを投げ合ったり、落ち着いた授業がされていないと感じた。(先生がいちいちその子たちに注意しなければならず)新5年も一つの教室にまとまるということで(人数が少ないから2つには分けられない)転塾を考えるようになる。この頃、我が子が周りから塾の情報を仕入れて、サピックスのように、毎月クラスを入れ替えるような塾に行って同じようなレベルの子だけで勉強したい、というようになる。駿台浜学園のクラスの様子を見ていると転たゆ手結仕方ないと思うようになった。実際この時、うちの子も含めて3人が、この子の言動の為に転塾した。塾は家庭には注意してくれていたが、なんせ保護者が駿台関係者で、その子も言ったくらいで変わらない不思議ちゃんでした。この頃、小学校も強烈な子が転校してきて、学校も学級崩壊していて、塾では落ち着いて勉強してほしかった。だから、規約に、うるさい子は辞めさせると書いてあり、早々見切りをつけやめていった家庭もあるのにやめさせてはくれないんだな、、とがっかり。少しでもレベルの高い所に行かせたいと思ったのはこれらの経験からだと思います。この塾は我が子の上の学年は二人しかおらず集団塾でありながら、個別塾並みの手厚さをだったと思う。その2人ともまじめに勉強していた。だから、ほんとは続けたかった。転塾してしばらくして聞いたら不思議ちゃんもやめたらしかった。。。クラスが変わるとなると大手になるが日能研、サピックス、四谷大塚はロジャーは使えないと言われました(当時)。その後、オッケーの早稲アカと交渉してオッケーになったグノーブルのどちらかに決めることに。早稲アカは立地や、中学生も同じ校舎にいることが気になりやめました。早稲アカ=ハチマキのイメージもあり我が子がはそういうノリは好きじゃないだろうと思っていた。本人もハチマキは、、と言っていたと思う。しかし、6年秋からNNに入ったらハチマキも気に入っていた(笑)これは、NN残念だった今でも宝物のようですあとは、早稲アカで小2の頃に入室テストを受けた時、まだトイレに行っていたのに、テストが始まっていた、ということがあり、それも、マイナスポイントだった。グノーブルは、記述がやっていけるかと思っていたが、最初は問題なくやっていた。文系は6クラスで2〜3番目(2番目が多い)をウロウロしていた。理系はやはり理科が足を引っ張っていた。一番上にいられたのは5回(5か月)くらいだったと思う。が、算国をやっているとやはり理科の時間は取れなかった。最低やらなきゃいけないプリントもなかなかできなかった。最低限のことは算数削ってもやらなきゃいけなかったな、と思う。理系は2〜3番目(3番目が多い)が定位置だった。一番上になれたのは2回だったと思う。映像授業もあるが聞き取りは難しい面もあった。全ての塾の映像授業に字幕選択ができることを祈る。新6年になると、国語で記述の配点が高くなり、ジリジリ落ちてくるようになった。個人算数塾にも少し通ったが、遠かったのと1対1かと思っていたら2対1だったのでやめた。グノに限らずかもだが、記述欄はマスではないので(所謂お弁当と呼ばれる、線が引いてあるだけの枠のこと)字数制限はなく、文字を小さく書くといくらでも書けてしまう。書いていても点数にならないことがあるので短くても良いから得点させたい。まず短い文で1番大事な要点を書けるようにしたい、そういう指導をしてほしい、と、相談したが勢いが大切。お子さんのよいところはスピード感です。と言われる。とはいえ、悪い癖も直らずこのままでは、記述が、入試に間に合わないのではないかと思うようになって不信感が芽生える。。あと、苦手な理科に対する強制力的なものがなかったので、なかなか勉強が進まなかった。新6年から穴埋めを兼ねて日曜日は近所(車で5分)の四谷大塚準拠室の復習テストと解説授業に参加する。理科だけ準拠室の夏期講習に通い、グノーブルとこちらを掛け持ちで受講していた。やらないよりは良かったと思う。秋は、模試の偏差値が良かった。新6年は、親が教えるのはケンカになるので無理でした。ケンカが絶えなかったです。旦那は、大学受験以外興味ナシなので、見て見ぬふりで、それも余計にムカついて、矛先が、子どもに向かってしまっていたと思います。すごい反省。理科は分かりやすい、今まで分からなかったことがやっと分かったと本人が言う時があったがやはり家庭学習の時間が少なかったと思う。私が理科はさっぱり教えられず。。。せめて暗記に付き合ってあげたら良かった。(誘っても嫌がる)夏休み以降はさすがに我が子も暗記に誘えばやるようになり、秋以降もやっていたが、自分で勉強するようになりNNの理科を受けながら穴を埋めていく感じになっていった。ここで個別とかに行けばよかったのかも。(トマスの体験なども行ったが、我が子はこれ以上無理と。地元塾辞めていいよ、理科は間に合わないんじゃない?というが無理強いはしても仕方ない。)お金も湯水のようにはないので。あと体力的なこともあった。6年になった頃にNNの存在を知り、我が家には関係ないかと思っていたが、サンデーショックのため、2月2日にNN校を受けることも可能と知り、少し気に留めるようになっていた。夏の終わりの2回目のチャレンジでNNクラスに合格。1日校は、サピックスオープンで80%.70%が出ており、月例テストでグノーブル偏差値を超えていたので、グノーブル日曜コースではなく、NNに行くことにした。グノーブルは最後まで在籍はしたが、9月からはNN土日で平日のみグノーブル、12月からは平日も早稲アカに移ることにした。NN校はパターンがあり、こなしていけばどうにかなるのでは?と思うこともあった。だったら土日とも振り切るしか我が家は勝ち目がないと思っていた。グノーブルにまず土曜日はNNに行くと行ったら我が子が、平日授業前に先生に別室に連れて行かれてなぜ行くんだ、と説得された。前もって、お子さんの意見も聞きますとは言われていたが。。子どもはそれが恐怖だったらしく、グノーブルから完全に心が離れてしまった。もう塾のカリキュラムとしては終わっていたので、気の合うところで勉強すればよいと考えていた。もちろん送られてくるプリントをやる暇はない。記述のことは、再度グノーブルに聞いたが答えは同じで勢いが大切とのことだった。早稲アカでは、今の時期はもう型をしっかり固めることが大切と言われ、私も早稲アカにお世話になろうという気になった。(これはグノーブルの方針というより先生の考え、または我が子のことを思って言ってくださっていたと思う)早稲アカでは穴がたくさんある、と算数と理科の猛特訓が始まった。夏に頑張って、まとめの模試も成績良かったのにね。。グノーブルは9月から月例テストが実力テスト(範囲なし)になったが、算数が一気に下がるようになっていた。社会は大丈夫ですね、理科と算数やりましょうと言われていたが、1日校は社会をやらかしてしまった。。1日校、NN校はニュースを見て、理解したり、家庭で話し合っていたら解けるような問題が多く(中学受験の流れでもある。)字幕でニュースは見てるけど、それについて話し合ったりとかが、スムーズでない難聴児にとっては情報が入りにくかったと思う。それでも話し合いはしたり、こども新聞を取ったり、心がけてはいたが。。ニュースが好きな我が子でもそうなので、難聴児がなかなか苦戦するところだと思う。 家庭で話題にして話し合う事が大切です。両親揃って。5年の頃だったか、今は、自治問題とかもきかれて、家庭で話し合っているかとか、そういうことが問われているから一緒に話してくれない?と旦那に言っても家族で自治問題を話し合うなんて気持ち悪い、って言われ。開いた口がふさがらなかった。この頃、旦那はアスペルガーなんだな、と思うようになり、もう何も言わないことにしたし、完全に家庭内別居になった思う。受験には家庭の雰囲気が大切とはよく言われるが、まずそこに最大のハンデがあった。我が家は我が子の遅く難聴がわかり、私が療育に全身全霊をかける中で夫婦がすれ違っていった。アスペルガーはそのままを受け取るので我が子は難聴、できることをするしかないただそれだけだったのだと思う。実際育てている私のことはどの家もやっていること、やりたくないなら中学受験しなければいい(内申のことも知らないで。旦那は高校受験から私立校で、内申関係ない世界、まあ、成績は良くても内申は悪かったかもね、このキャラクターでは。だから私立校のだったのかも。)小学校受験の頃から仲が悪かったから面接練習で、先生から家庭の雰囲気が悪いって言われたんだよな。。我が子が、私が小学校受験を始めてから、ママとパパの仲が悪くなったのって、先生にこぼしていたこともあった(そう言っているのよと、先生からお話があった)。まあ、その前から仲悪いんだけどね。我が子が受けたいと言ったその頃から、仲が悪いことを子供の前で隠さないように、正確には隠しきれないようになっていた。でも、小学校受験のときは、おめでとうって食事にいったよな〜。進学することになった学校は気に入ったから。校長先生が理論的だったからね。他のキリスト教の小学校の説明会に行った時は与えられる人があたえるという話しを上から目線だ、と言い出し。。。模試では、理科が足を引っ張っりつつも、ダブル通塾の効果か理科も少しずつ上がってきて、サピックス偏差値50〜55.四谷大塚57〜62辺りを彷徨っていた。上がらないかわりに、下がらない、親の力は借りたくない、かと言って自走もできない、そんな感じでした。秋からは、ご近所塾は個別で過去問を見てもらっていました。また近所のお姉さんには、算数を中心に分からないものを見てもらってました。課金の嵐。でも、悔いは残したくなかった。トマスに頼んでおけば良かったな。地元塾もやめていいから、トマスにしたら?理科は間に合わないよ、と言ったが本人がこれ以上は嫌だと嫌がった。まあ、それもそうかなと思った。NNで頑張りたかったのだと思う。それを尊重する事にしました。でも、終わってみると、NNは欲張ってしまったな、と思う。ごめんね。。新5年の時に早稲アカにしておけば、と思うが、早稲アカに通ってやめたご家庭からは5年でも22:00とかまで残されることもあって体が持たなさそうでやめたという話も聞いた。そのお子さんも我が子同様私学に通っていて、やはり通学や宿題が大変だ、学校を大切にしたいと言う我が家の考えと同じでした。通塾してからの様子をみると、遅い日があっても全くおかしくない話だと思った。実際終わる時間は伸びまくっていた(笑)我が家は、グノーブルの忙しい二の舞を避けるために、NN土日と平日は2日にして国語、算数、理科にして、月、火はNNの復習時間を取ることにした。新6年で、グノーブルがオーバースペックかなと思い、駿台浜学園の問題児もいなくなったと聞き、戻ることも考えたが、異性ばかりになり本人も戻る気がなかった、がやはり少人数のほうが良かったと思う。合格するためには、どこの塾に行くかではなく、弱点を補強してくれる所に行くことが大切ということを伝えられたら良かったです。とはいえ、グノーブルは基本、文系は2良ければ1理系は3、良ければ2と、上記のクラスにいて1日校の判定も80%を超えていたのでやめるほどではないのかな、と思ってしまっていた。みんなが伸びたのだと思う。記述は全科目において配点が高いので受験までにどこまで伸びるかがそのままどのレベルの学校に受かれるか、ということになると思う。上げられるとすれば、やはり国語の記述だと思う。型があるので。訓練次第ということになるが、難聴児は個別でないと難しいかもしれない。また、理科のなぜ〜ですか?というような問題集に載っている1問記述は、その言葉遣いのまま覚えるのが良いでしょう。早稲アカの先生はホストばりに、こどもの心を掴むのが上手かった(笑)すぐ慣れて、質問もするようになり、自走するようになっていった。NNは7→3→5組と移っていった。NNテストはクラス判定落ち→クラス合格(NNに入る)→合格率65%→クラス判定落ち→5本勝負2勝3敗と、目まぐるしかった。最後の5組は温情で、この時のNNはクラス合格以下の点数だった。そこから、正月特訓は2勝3敗。そして、本番を迎えた。。今、考えるとやりすぎだったかな。娘の意見を聞きすぎた面もあるし、せっかく合格したからNNに行こうと言ったのは私だった、と思う。2日目は、以前もう1校受けたいと言っていた学校はあったが(NNより偏差値は下)キリスト教の学校に通いたいという本人の希望があり除外していた。バリバリ勉強させる学校なので、入ってからのことを考えると難しいと思った。1日と連続して受けたほうが優遇されるので1日は実質第1希望があり、2日だけ受けても受からないだろうと思ったし、チャレンジさせたかった気持ちが勝った。本人の性格や、お金の出せる範囲にもよりますが人数少なめの塾や、家庭教師、十分な家庭学習。苦手なところを分析(するか、してもらう、してもらうのは個別や家庭教師じゃないと集団塾はそこまでやってくれないかも。でも、毎週でも、電話すればやってくれるかも、(笑))して早めに潰す。中学受験がゴールではないので、すると決めたら、まずは受験で、英語が必要になる高校受験を回避することを大前提に考えたら良いかと思います。受験が、自分事となったら頑張らせればいいし校風もそうですが得意科目で勝負(=苦手科目を避ける)して入学できる方法も考えると良いかと思います。NN校が4科目同配点だったし(そもそも、このリベラルアーツの考え方が気に入っていた)入ってからが大変じゃんと、頑張りましたが。埼玉は4科目で合格しましたが、残りの2校は持ち偏差値から1〜2ランク下げて算数1科目と国算2科目で合格しています。NN校は詳しくは、手応えを聞いていると、分からないけど、受験者平均くらいの出来だったと思いますが、算数は受験者平均行ってないかもしれないくらいです。1日校もまず算数が届いていなかった(こちらは入試データがホームページに表示されている)まず、どちらも算数がこの学校のレベルに届いてなかったのだと思います。直前期は理社で点数を上げたほうがよいとも言うし、この辺りはほんとに人それぞれになるかと思います。どのお子さんも努力するので狙ってこの辺りに合格できれば、というものではないかと思います。どこまでやらせるか、それが本当に難しい。そもそも、やらせるものでもないし。。かと言って、自分からやる子は一握り。。うちの子は積極的なタイプなので冒険しちゃいましたが基本的に一箇所にとどまれればその方が良いかと思います。難聴児が、在籍している学校は多くあります。1校ずつ、道を開いていきましょう!