7年前の今日。
2017年4月17日、月曜日。
その日の朝早く、母は膵臓がんで76歳で亡くなりました。
10日以上私は病院に泊まり込んでいました。
病室がなんとなくバタバタしているので、
目が覚めたら、もう母は生きているのか死んでしまったのか分からない状態でした。
サヨナラもなにもなく、泊まり込んでいたのに、いつ逝ったのか分からなかったです。
私は14年前に未婚で息子を生みましたが、
典型的な厳しい昭和の母でしたが、
なぜか未婚で子を生むことに怒ることも、
反対することもなく、
息子を全力で愛してくれて、
7年間、孤独で不安な子育てをサポートしてくれました。
母には7年間、なぜ私が息子のお父さんと結婚しないのか、
本当のことは言えませんでした。
ただ今となって言えるのは、私は母が生きていたら、
未婚の母とは言っても、甘えた、娘のままの弱い人間だったと思います。
2017年4月17日は、私が生まれなおした日でもあったのだなと思います。
母が亡くなってからの1~2年は、歩いていても涙が出てきましたし、
夜になると、ワンワン号泣することもありました。
夢に出てくる母は、いつもパジャマを着て、体調が悪い姿.....
それでも、夢で母に会えたことが嬉しかった....
ここ数年も、母は私の夢の中に良く出てきますが、
もうパジャマではありません。
病気中、治療中という設定ですが、笑っていて、
私服で、私とどこかに出かけたりというような夢です。
目が覚めると嬉しい。
そして今日は7回目の母が亡くなった日。
今朝はなんとなく早く目が覚めて、
今ぐらいの時間だったかな....母が亡くなったのは....
と思いつつ、アランさんに、
「今、起きたよ!」メッセージを送りました。
すぐにビデオコールが始まり、
「移民局への追加書類の提出も前の日に無事終わったし~」
という報告を受け、
「じゃ、そろそろ承認されるかな....」と聞くと、
アランさん、「今週中、もしくは来週の月曜日ぐらいの気がする。でもちょっと様子を見てみよう!」と、
ビザの進捗状況のページを開いたアランさん。
「え??」と....
で、とろけそうな笑顔で
「なんかPDFが届いてる!!」
もう私たちにはそれが何を意味しているのかはすぐに分かりました。
そのPDFを開いたアランさん
「Approved~~~~!!!!!!」
遂に私の配偶者ビザ申請が承認されたのです。
二人で泣きました
まだまだ、これからいくつもやらないといけないことはありますが、
ここまでくれば少し先は見えました。
ただこの日が、母の命日と同じ日になるとは
嬉しい驚きでした。
母が亡くなってから、全く母の気配は感じないし、
もうきっと私のことは大丈夫と思って、
天国で楽しく幸せにやってるのかな.....
と思っていましたが、
やっぱり、生きていたころのように、
私のことを見守ってくれて助けてくれているような気がします。
アランさんは、かなり先走っていて
来月のアランさんの来日の際に、一緒にニューヨークに帰れるのではないか
と言っていますが、さすがにそれはないと思いますね
日本にいられるどのぐらいの時間が私に残されているか、
今はわかりませんが、少し先が見えてきて、
会える人にはどんどん会って、
行きたいところにはどんどん行きたいなと思います。