『中世の医学』H.シッパーゲス著
(人文書院)から[4]


[4]疾病のパノラマ


(1)危機と病患

【人間の3状態】
①「素質」:正常な基本状態/健康な生命の基本的なカテゴリー/堕落以前
②「放棄」:人間の苦しみ・衰弱・疾病/堕落以降
③「回復」:救済の最終状態/救済以降

【疾病を治療することの意味】
A.「旅人としての人間」。常に②のカテゴリーにある。「苦境+罪の悩み+痛み+侵される豊かさ+平衡状態の喪失」の状態にある。健康である=「生命の調和+これを享受する喜びの最適な状態」を意味する
B.生き方の見本となる形式の存在。古典的生活法としての「養生法と衛生学の6つの規則」(『アルス・ヴィヴィエンティ』=生くべき術)。人間はこの基本的な考え方にしたがって生きる・死ぬ。「期限付き」であることを人間は意識している
C.生理学と病理学の位置付け。健康と病気は独立した1つのカテゴリーではなく、中間領域の境界を示す状態に過ぎない。その中間領域とは生理学と病理学の中間に形成されるもの。(予防の学としての)医学とは「健全な生活法に関する知識」+「健康な生活秩序の形成」でもある
D.生理学と哲学の結びつき。医学は「第二の哲学」である(byセビーリャのイシドルス)。医師は文化のあらゆる領域に関わる。初期キリスト教の疾患論は「古代の自然主義的な体液学説」と「旧約聖書の人格主義的な概念」とを受け継いだものである
E.世界と肉体は一体である。病気になるということは、世界と人間との親和性が失われていることを意味する。心的な疾患や老化は、人間という存在の被拘束性・薄弱性を示している
F.病気とは単なる障害ではない。路上にあって人が取り除けるような石ではなく、人がさらに前進するために修復しなければならない道路上の穴のようなものである


(2)疾病の記述


【中世医学での疾病の記述】
A.身体の部位ごとの疾患の羅列。「頭部・頸部の諸疾患」「眼と耳の疾患」「歯痛」「胸部・腹部の疾患」「四肢の疾患」「全身疾患」「発熱」「皮膚」「中毒」というように頭から足まで網羅している(by『疾病の治療に関する論文』)
B.記述の水準はバラバラ。医学書には今日よく知られている多数の病気が見られる。(その反面)ほとんど同定できない症状も少なくない。極めて不正確な(疾病の)輪郭しか描写されていない場合もある。単に「奇形」「薄弱」「疥癬」としか記されていないこともある

【諸疾病】
◆[眼疾患]:極めて大きなウエイトを占めている/「白色角膜瘢痕」と推定される病気は「悪性白斑」と記載されている/『真珠』とも呼ばれる/白内障の原因になるので手術的侵襲の対象/盲目の治癒例(とされるもの)もある
◆[胸郭内の病気]:喘息・咳・肺炎・肋膜炎・様々な呼吸困難が記されている/肺結核もしばしば記述される/肺炎の兆候として挙げられているのは「呼吸困難」「咳の発作」「連続的な発熱」「肩甲骨の持続的な疼痛」「青緑色の眼の輝きと頬の赤み」「赤色ないし微粒子のある尿」
◆[心臓病](カルディアカ):本来は心臓に起源を持つ疾病のみを指す/だが「ある時は心臓から・ある時は胃から・時には肝臓から・または血液の過剰から」くる病気だとされている
◆[胃・腸管の疾患]:中世でも大きな存在感のある疾患/診断は正確ではないものの「嘔吐と膨満感」「消化力の低下」「便秘・下痢」の症状がよく観察される
   1.「全般的な衰弱」
   2.「消化器系の冷却」
   3.「肝腫脹」:肝臓が冒されていることを示す
   4.「体液混合の悪化」:同上
   5.「黄疸」:同上
   6.「水腫」:四肢の浮腫・腹水・腸内ガスとして現れる/肝臓病とされて消化器系の障害とみなされた
◆[痛風]:繰り返し見られる/共に生じる「麻痺」「拘縮」「リウマチ性病型群の後遺症」(当時はほとんど区別されず)が記録されている/不倶の治癒が奇蹟として何度か記録されている/過度の飲酒がもたらす症が記録されている(『病因と治療』:byビンゲンのヒルデガルト)
◆[膀胱結石]:広く見られる民衆の疾患の1つ
◆[皮膚疾患]:中世の疾病学にて大きな場所を占めている/その原因としては「有機体の体内の浄化によって悪性の体液が体表面に追い出され、そして腐敗した体液が斑点・膿疱を形成する」のだとされる/それらが「不快な皮膚の掻痒感(そうようかん)の原因となる」/さらには「白斑・創傷丹毒・爬行性苔癬・黒あざを作る」という
◆[天然痘・湿疹]:詳しく記述されている
◆[婦人科の疾患]:これも体液学説により説明される/月経は「体液浄化の正常な過程」とみなされている(byアラビア医学)
◆[小児疾患]:同じく体液病理学の基礎に基づいて研究されている/まず「くる病」(著しい奇形をしばしば示す)が挙げられている
◆[小児・青年の食欲不振]:これは「悪心病」として記述されている
◆[血友病]:「ある家系の人々がなかなか止まらない出血によって何人も死亡した」という記録がある(中世アラビアにて)

【死亡原因の概観】
◆[小児疾患]:あらゆる死因の1/5を占める。とりわけ乳児疾患が多い
◆[熱病]:死因に多く見られる
◆[胃の病]:同上
◆[腸の病気]:同上
◆[肺労]:同上
◆[変死]:驚くほど頻繁に見られる/死刑・殺人・事故死・飢餓・戦闘の結果による死亡
◆[流行病]