『中世の人間』J・ル・ゴフ編から[34]
○周縁の人々
(1)周縁の人々の定義
A.社会における周縁の人々は、中世の人々の集団意識を映す史料では一度もはっきりと示されたことはない(例:中世盛期の“身分論”や中世後期の“死の舞踏”にも姿が見られない)。しかし周縁の人々の境遇は、中世社会の日常生活に必ず存在する現象であった
B.彼らは「a.既成の組織から排除された個人・集団」「b.社会集団が服従している、共通の基準・法・原則に順応しない人々」である。彼らの空間は「c.社会から見れば別世界」であり、社会からは「d.別人種と見なされている」。別人種たる特色は「e.仕事・職業の違い,社会秩序から離脱していること」である
C.彼ら周縁の人々の姿は「文学作品・芸術」「神学者・道徳家の文章」に現れることがある。一方では「警察・法廷の古文書」には至る所で見いだされる
(2)故郷から離れて
【身内とよそ者】
A.周縁の人々の状況を示す言葉として“土地の外:exilium”がある。流刑とは「自分の土地・故郷・祖国の“外”にいる人々の運命」であるが、exiliumの概念は地理的な意味を越えて「伝統社会とその文化の領域の外」ということになる
★人間の自然な生活は生まれ育った土地で暮らすことである。そこには先祖代々の墓が歴史を表し、親族や近隣との固い絆に根差した生活環境を形成する
B.ところが実際には、中世社会の特徴は安定性の反対であり、巨大な人間集団が移住・植民の波にさらわれたのだ。農村住民は絶えず都市へ流入したが、小都市から大都市への人口移動も大きかった(このため最盛期の中世都市は、人口超過に苦しんだ)
C.それでも中世の人間のメンタリティにおいては、定住は「故郷と共同体への愛着の証」として、格別に貴重な価値があった。これは人々の秩序・安定感が、主として血の繋がりに依存しているためである
D.キリスト教の教義や価値観において、よそ者(≒旅する人)への評価は統一されていない。教皇グレゴリウス1世はよそ者を“失楽の天使”としたものの、一方で聖書は「地上のキリスト教徒は旅人であり、巡礼であるから、絶えず出かけて自分の本当の祖国=“神の国”を見つけようとする」とされている。
☆キリスト教における禁欲主義の生き方の中には「放棄」というテーマが含まれている。地上の祖国からの離脱とは「故郷との絆を棄てる」ことを指し示している
【旅人の恐怖】
E.「故郷から離れた人」のことをキリスト教がどんなに良い方向に解釈しようとも、旅には「周縁の人々が持っている要素」が付きまとい「自身の周縁化」の危険があった。どの旅人も家を出た瞬間から危険に曝された。彼らは見知らぬ人々と関係し、自然の災難に出くわす
F.中世社会は生活空間を拡大することにより、旅の安全を確保していく。道路上には宿泊施設(例:宗教的宿泊施設,宿屋,居酒屋)が点在するようになり、休憩場所を提供した。旅の途上では、旅人は自身の共同体との関係が途切れないように注意していた(例:いとこ・友人・召使いを連れる,隊商のような団体となる)
G.どんなに努力しても、旅人である限りは周縁人と化してしまう危険から逃れられなかったが、その危険性はかなり減らせた。本当に周縁人化してしまうのは「旅が放浪となり、それを生き方とした」時からである
(3)流浪の人々
A.共同体生活から排除された流浪の人々とは「共同体の決定or裁判での判決により、一定の土地での居住権を奪われた」「追放を宣告された」人々である。ローマ法での流刑には「a.一定の土地での居住禁止」「b.流謫(るたく)地を定めた追放」「c.島流し」に分かれている。b.c.の違いは、追放された土地が陸続きか否か、という点にある
B.a.の居住禁止の解釈は幅が広い。「指定された土地での“火と水の禁止”と表現される(=渇きを癒す・体を暖める・食料を手に入れることの禁止)」の場合には、彼は他の土地に行って正常に生活を送れた(居住地を離れるだけで、一種の無処罰である)。しかし「民事上の死亡(※下記)」を重ねて受けると、かなり厳しいものとなる(ローマ法における解釈の曖昧さは未調査とのこと)
C.中世初期における「民事上の死亡」=追放刑は、社会秩序を乱した代償として「全ての権利を剥奪され、もはや人間に属さない者と見なされる」ので、事実上は死と同じ効力を持つ。サリカ法典では「流人は狼のように扱われ、人間の集団から除け者にされるべきであり、その人を打ち殺しても罪にならず、正当防衛となる」とされた
D.あらゆる社会的な絆から逃れ、野生の土地で暮らさねばならない者は狼に等しい(→狼人間)。伝説に登場する狼男と「法律・慣習に背いたために共同体から追放された」非社会的人間との間には、類似点がある
【破門】
E.破門とは教会による「信徒共同体からの追放」であり、追放刑とよく似ている。破門に関する典礼儀式と、破門を言い渡す執行者の演説の厳しさは特に恐ろしいものだった。しかし教会がこの処罰を行使するのはかなり稀なことであった(特に教会の利益が脅かされる場合のみ)
F.しかし破門されると(理論上は)「秘蹟への参加,聖所への立ち入り,教会堂への出入り,礼拝への出席」が禁じられたので、対象者(or対象集団)は信徒共同体から締め出され、霊的に「周縁の人々」と化した。後にはグレゴリウス9世によって「小破門」と「大破門」に分け、大破門のみが完全に信徒共同体から排除された(13世紀)
G.もちろん異教徒は全て社会の周縁へ放逐されたが、それでも彼らは「信仰を同じくする信者同士の共同社会で暮らし、さらに民族的な絆で結ばれてもいた」点が、破門された者と決定的に異なる
H.破門の実際的な効果については、それは罪人の社会的地位次第であり、ある者は破門から逃れやすかったり、決定が取り消されることもあった。ただしきちんと執行された場合には「a.社会だけでなく家族からも完全に絶縁された(家族との接触も破門によって禁じられたから)」「b.魂は救いを期待されない、罪人と見なされた」
(4)周縁化の過程
A.追放・破門において問題となるのは、制度上の側面ではなく、周縁化することによる効果である。しかも興味深いことに、中世を通じてこの処罰は「慣習化してしまい、社会的排除手段としての当初の役割の大半が失われた」のである
B.流浪人は社会とは根本的に異なる個人である。ところが中世の人々にとって、共同体との絆を緩めるような生き方は「当人に対する社会的不信を呼び起こす」「法的制裁を与えうるもの」でしかない
〈例〉キルペリク勅令(574年)では、犯罪者は「悪人・住所不定者・無産者(法的賠償としての金銭的報復措置を講じれない)・森に住む者」とされている。さらには「無一文(定収がない)」ともある
C.放浪者だけでなく、巡礼に対しても不信・敵意が向けられた。カール大帝の法令では、不法行為を犯した者には「自宅に足止めされ、他人のために働き・悔悛する」or「贖罪服をまとって歩き回りながら罪を償う」とされており、後者に対する人々の視線を表している。後に教会は、巡礼の勝手な行動を厳しく取り締まるようになる
【安定への脅威】
D.中世の社会・共同体にとって、安定はこの上なく貴重な価値と思われた。中世を通じて、社会全体の流動性に変化はあったが、移動そのものは既存の社会秩序にとっての脅威と考えられた
E.時代が下るにつれ、絶えず移動しながら生活する人々に対して、不利な判決が適用されることがますます多くなる。それは貧民階級の個人・集団のみならず、彷徨える騎士・商人もまた放浪者と見なされることが多くなる。また修道院の規則でも、放浪癖のある巡回説教師は非難の対象にされた
F.中世の人々の想像力によると「野生のままの土地には不吉な力が棲息している」という(どんな恐怖が襲うのだろう…という感覚)。流浪・遍歴の人生を過ごす人は、比較的整備された地方を離れて未開の土地へ赴かざるを得ない場合が多く、そうした「野生のままの」土地に住むことも少なくない。それが流浪の人々との違いを際だたせた
★ちなみにそのような土地は、孤独のうちに魂の救いを求めんとする世捨て人の隠遁地でもある
G.中世の人々にとっての世界概念は「内部‐外部」or「中心‐周縁」からなる(※同心円のイメージ)。「中心」とは組織化された社会であり、各種共同体が存在する、キリスト教徒の居住地である。「周縁」とは流浪人・犯罪者・反体制者・異教徒・異常者の空間であり、イメージとしては「キリスト教徒の居住地から排除される怪物・野蛮人・不信心者が住まう土地」である
H.しかし人々にとって「周縁人化」とは、主として日常生活や共同体の規則に適合しない行動(例:倫理的・法的基準への違反,行動規範や価値体系に従わない)から生まれた。そして「社会の周縁に存在する」=「都市・村落から追放される,都市における『不名誉な地区』に住むことを余儀なくされる」ことであった
I.人々の想像においては、このような二分法があった。しかし中心と周縁がはっきりと断絶していたかどうかは断定できない。というのは「共同体の規則に従っている人々」と「それに背いている人々」との境界線は柔軟であり、変動することが多かったためである
○周縁の人々
(1)周縁の人々の定義
A.社会における周縁の人々は、中世の人々の集団意識を映す史料では一度もはっきりと示されたことはない(例:中世盛期の“身分論”や中世後期の“死の舞踏”にも姿が見られない)。しかし周縁の人々の境遇は、中世社会の日常生活に必ず存在する現象であった
B.彼らは「a.既成の組織から排除された個人・集団」「b.社会集団が服従している、共通の基準・法・原則に順応しない人々」である。彼らの空間は「c.社会から見れば別世界」であり、社会からは「d.別人種と見なされている」。別人種たる特色は「e.仕事・職業の違い,社会秩序から離脱していること」である
C.彼ら周縁の人々の姿は「文学作品・芸術」「神学者・道徳家の文章」に現れることがある。一方では「警察・法廷の古文書」には至る所で見いだされる
(2)故郷から離れて
【身内とよそ者】
A.周縁の人々の状況を示す言葉として“土地の外:exilium”がある。流刑とは「自分の土地・故郷・祖国の“外”にいる人々の運命」であるが、exiliumの概念は地理的な意味を越えて「伝統社会とその文化の領域の外」ということになる
★人間の自然な生活は生まれ育った土地で暮らすことである。そこには先祖代々の墓が歴史を表し、親族や近隣との固い絆に根差した生活環境を形成する
B.ところが実際には、中世社会の特徴は安定性の反対であり、巨大な人間集団が移住・植民の波にさらわれたのだ。農村住民は絶えず都市へ流入したが、小都市から大都市への人口移動も大きかった(このため最盛期の中世都市は、人口超過に苦しんだ)
C.それでも中世の人間のメンタリティにおいては、定住は「故郷と共同体への愛着の証」として、格別に貴重な価値があった。これは人々の秩序・安定感が、主として血の繋がりに依存しているためである
D.キリスト教の教義や価値観において、よそ者(≒旅する人)への評価は統一されていない。教皇グレゴリウス1世はよそ者を“失楽の天使”としたものの、一方で聖書は「地上のキリスト教徒は旅人であり、巡礼であるから、絶えず出かけて自分の本当の祖国=“神の国”を見つけようとする」とされている。
☆キリスト教における禁欲主義の生き方の中には「放棄」というテーマが含まれている。地上の祖国からの離脱とは「故郷との絆を棄てる」ことを指し示している
【旅人の恐怖】
E.「故郷から離れた人」のことをキリスト教がどんなに良い方向に解釈しようとも、旅には「周縁の人々が持っている要素」が付きまとい「自身の周縁化」の危険があった。どの旅人も家を出た瞬間から危険に曝された。彼らは見知らぬ人々と関係し、自然の災難に出くわす
F.中世社会は生活空間を拡大することにより、旅の安全を確保していく。道路上には宿泊施設(例:宗教的宿泊施設,宿屋,居酒屋)が点在するようになり、休憩場所を提供した。旅の途上では、旅人は自身の共同体との関係が途切れないように注意していた(例:いとこ・友人・召使いを連れる,隊商のような団体となる)
G.どんなに努力しても、旅人である限りは周縁人と化してしまう危険から逃れられなかったが、その危険性はかなり減らせた。本当に周縁人化してしまうのは「旅が放浪となり、それを生き方とした」時からである
(3)流浪の人々
A.共同体生活から排除された流浪の人々とは「共同体の決定or裁判での判決により、一定の土地での居住権を奪われた」「追放を宣告された」人々である。ローマ法での流刑には「a.一定の土地での居住禁止」「b.流謫(るたく)地を定めた追放」「c.島流し」に分かれている。b.c.の違いは、追放された土地が陸続きか否か、という点にある
B.a.の居住禁止の解釈は幅が広い。「指定された土地での“火と水の禁止”と表現される(=渇きを癒す・体を暖める・食料を手に入れることの禁止)」の場合には、彼は他の土地に行って正常に生活を送れた(居住地を離れるだけで、一種の無処罰である)。しかし「民事上の死亡(※下記)」を重ねて受けると、かなり厳しいものとなる(ローマ法における解釈の曖昧さは未調査とのこと)
C.中世初期における「民事上の死亡」=追放刑は、社会秩序を乱した代償として「全ての権利を剥奪され、もはや人間に属さない者と見なされる」ので、事実上は死と同じ効力を持つ。サリカ法典では「流人は狼のように扱われ、人間の集団から除け者にされるべきであり、その人を打ち殺しても罪にならず、正当防衛となる」とされた
D.あらゆる社会的な絆から逃れ、野生の土地で暮らさねばならない者は狼に等しい(→狼人間)。伝説に登場する狼男と「法律・慣習に背いたために共同体から追放された」非社会的人間との間には、類似点がある
【破門】
E.破門とは教会による「信徒共同体からの追放」であり、追放刑とよく似ている。破門に関する典礼儀式と、破門を言い渡す執行者の演説の厳しさは特に恐ろしいものだった。しかし教会がこの処罰を行使するのはかなり稀なことであった(特に教会の利益が脅かされる場合のみ)
F.しかし破門されると(理論上は)「秘蹟への参加,聖所への立ち入り,教会堂への出入り,礼拝への出席」が禁じられたので、対象者(or対象集団)は信徒共同体から締め出され、霊的に「周縁の人々」と化した。後にはグレゴリウス9世によって「小破門」と「大破門」に分け、大破門のみが完全に信徒共同体から排除された(13世紀)
G.もちろん異教徒は全て社会の周縁へ放逐されたが、それでも彼らは「信仰を同じくする信者同士の共同社会で暮らし、さらに民族的な絆で結ばれてもいた」点が、破門された者と決定的に異なる
H.破門の実際的な効果については、それは罪人の社会的地位次第であり、ある者は破門から逃れやすかったり、決定が取り消されることもあった。ただしきちんと執行された場合には「a.社会だけでなく家族からも完全に絶縁された(家族との接触も破門によって禁じられたから)」「b.魂は救いを期待されない、罪人と見なされた」
(4)周縁化の過程
A.追放・破門において問題となるのは、制度上の側面ではなく、周縁化することによる効果である。しかも興味深いことに、中世を通じてこの処罰は「慣習化してしまい、社会的排除手段としての当初の役割の大半が失われた」のである
B.流浪人は社会とは根本的に異なる個人である。ところが中世の人々にとって、共同体との絆を緩めるような生き方は「当人に対する社会的不信を呼び起こす」「法的制裁を与えうるもの」でしかない
〈例〉キルペリク勅令(574年)では、犯罪者は「悪人・住所不定者・無産者(法的賠償としての金銭的報復措置を講じれない)・森に住む者」とされている。さらには「無一文(定収がない)」ともある
C.放浪者だけでなく、巡礼に対しても不信・敵意が向けられた。カール大帝の法令では、不法行為を犯した者には「自宅に足止めされ、他人のために働き・悔悛する」or「贖罪服をまとって歩き回りながら罪を償う」とされており、後者に対する人々の視線を表している。後に教会は、巡礼の勝手な行動を厳しく取り締まるようになる
【安定への脅威】
D.中世の社会・共同体にとって、安定はこの上なく貴重な価値と思われた。中世を通じて、社会全体の流動性に変化はあったが、移動そのものは既存の社会秩序にとっての脅威と考えられた
E.時代が下るにつれ、絶えず移動しながら生活する人々に対して、不利な判決が適用されることがますます多くなる。それは貧民階級の個人・集団のみならず、彷徨える騎士・商人もまた放浪者と見なされることが多くなる。また修道院の規則でも、放浪癖のある巡回説教師は非難の対象にされた
F.中世の人々の想像力によると「野生のままの土地には不吉な力が棲息している」という(どんな恐怖が襲うのだろう…という感覚)。流浪・遍歴の人生を過ごす人は、比較的整備された地方を離れて未開の土地へ赴かざるを得ない場合が多く、そうした「野生のままの」土地に住むことも少なくない。それが流浪の人々との違いを際だたせた
★ちなみにそのような土地は、孤独のうちに魂の救いを求めんとする世捨て人の隠遁地でもある
G.中世の人々にとっての世界概念は「内部‐外部」or「中心‐周縁」からなる(※同心円のイメージ)。「中心」とは組織化された社会であり、各種共同体が存在する、キリスト教徒の居住地である。「周縁」とは流浪人・犯罪者・反体制者・異教徒・異常者の空間であり、イメージとしては「キリスト教徒の居住地から排除される怪物・野蛮人・不信心者が住まう土地」である
H.しかし人々にとって「周縁人化」とは、主として日常生活や共同体の規則に適合しない行動(例:倫理的・法的基準への違反,行動規範や価値体系に従わない)から生まれた。そして「社会の周縁に存在する」=「都市・村落から追放される,都市における『不名誉な地区』に住むことを余儀なくされる」ことであった
I.人々の想像においては、このような二分法があった。しかし中心と周縁がはっきりと断絶していたかどうかは断定できない。というのは「共同体の規則に従っている人々」と「それに背いている人々」との境界線は柔軟であり、変動することが多かったためである