『中世に生きる人々』A・パウアから[8]


(4)日常生活に関して

【衣類】
 A.中世の外着(ガーメント)は、持ち主が死んだらたいてい遺言によって誰かに譲られる、高価な品だった。だから著者もその取り扱いを、若妻に詳しく教えている
 B.衣類について「衣服・毛皮の洗濯方法,蛾がつかない収納方法,汚れ・油の取り方」を教えている
〈例〉汚れを取るには「酸っぱい果汁に浸けてから洗う」のがよい。ただしそれによって色が落ちて元に戻らなくなるかも知れないが

【虫との戦い】
 C.快適な生活のためには、夏には寝床の蚤を追い払うのが肝心だった。そのための6種類の知恵:
「部屋に榛の木の葉を撒くと、蚤が葉につかまる」
「木皿にとりもちorテレピン油を一杯入れ、それぞれの木皿の真ん中にロウソクを立てて火を灯し、部屋のあちこちに置く。すると蚤がやって来てくっつく」
「目の粗い布を取り出して、部屋の回りやベッドの上に広げると、その上に跳び上がった蚤を布ごと持っていける」
「羊皮を使う」
「藁やベッドの上に毛布を敷いて、黒い蚤がその上に跳び上がるとすぐにそれを見つけて、白い物の上で殺す」
「ベッドの上掛け・毛布・衣類など、蚤が中に潜んでいるものをたたんでから、堅く締めた物(例:しっかりと革紐できつく締めた櫃,頑丈に強く縛った袋)に入れると、中の蚤は光も空気もなくすぐに死んでしまう」
 D.蚊・蠅も夏を不愉快にした。夜中に目を覚まさせるこいつらには「起き上がって火をつけて乾草を焚き、それらをいぶし出す」のが普通だった。害虫退治の知恵:
「寝台に蚊帳を掛ける」
「蠅が止まるようシダの葉を吊り下げる」
「『牛乳に兎の胆汁を混ぜたもの』or『生の葱の汁』を入れたお椀。これらが蠅を殺す」
「蜂蜜に浸したぼろor糸を入れて吊り下げてある罎(びん)」
「ほうきでハエを追い払う」
「油布や羊皮紙で窓を閉める」


(5)料理について

 A.中世の料理では「酸味の強いソースや葡萄酒がかなり喜ばれた」「丁香・肉桂・ガリンゲール・胡椒・生姜などの香辛料が、普通に肉の皿の上に出てくる」という特徴があるので、現代人の胃袋には向いていないと思われる。また「アーモンドは惜しげもなく、あらゆる種類の料理に用いられた」
 B.この本にも、中世の他の料理書に登場する、中世の大宴会特有の品数の多い料理が出てくる(下記)。またフランス人らしく、蛙や蝸牛の料理の秘訣が書かれている:
「黒プディング,ソーセージ」「鹿肉,牛肉」「鰻,ニシン」「淡水魚,海水魚(丸い魚と平たい魚)」「香辛料の入っていない普通のポタージュ,香辛料入りポタージュ,肉ポタージュ,肉の入っていないポタージュ」「焼き肉・パイ・野菜の付け合わせ」「火を通したソース,通さないソース」「病人用のポタージュ,流動食」
 C.個人用の時計が無く、また信心深い時代なので、調理時間についての指示も“「主の祈り」や「詩篇第51篇」を唱える間だけ煮る”といったものになっている
 D.ちなみに著者は、他の料理本から料理法を含めていろいろな内容をコピペした。元になった料理本には、必需品ではない細々とした料理の調理法が記されていた。以下はその内の幾つか:
「蜂蜜を使ってこしらえる、蕪・人参・カボチャのジャム(中世における野菜の保存方法だと推測される)」
「香辛料を合わせて作るシロップ」
「料理に振りかける、生姜・肉桂・チョウジ・しょうずく・砂糖などについて」
「“ヒポクラス”と呼ばれる滋養飲料(葡萄酒+生姜+肉桂など)」
「ウェファース」
「砂糖漬けオレンジ」

【食材などに関するデータ】
 E.パリの全ての肉市場の表があり、そこには「各市場にある肉屋の数」「毎週売られる羊・牡牛・豚・仔牛の量」が記入されている。またこれ以外の市場も別の箇所で記述している:
「牛肉市場(ピエール=オ=レー)」
「石炭・薪を売る市場(プラース・ドゥ・グレーヴ)」
「単なる肉市場であるのみならず、魚・塩・部屋を飾る青い草や木の枝を買うのに便利な市場(ポルト=ドゥ=パリ)」
 F.ご愛嬌として、フランスの諸宮殿(オルレアン公,ベリー公,ブルゴーニュ公,ブルボン公,国王と王妃)で消費される獣肉・家禽の量が記されている
 G.著者は単に自分の関心だけでなく、妻が「近々にパリの市民や地主たちを大宴会に招待しなければならない」ことをも想定していた。そこで「正餐や晩餐の詳しく献立表」「必要な品物とその量・値段」「それらを購入する商店・市場」について書いたのだった

【宴に必要な従者・下男・給仕人など】
 H.信頼できる料理頭がいる。彼の仕事ぶりについて:
“骨髄付きの鶏を、プードル・マルシャンとガリンゲールなどの香辛料で煮る”
“焼き物・煮物・照り焼き・揚げ物のどれも得意で、ポタージュを上手く作れ、パイも上手く焼く”
“ブラン・マンジェという雄鶏の肉で作るプディングは、並ぶ者が無い”
 I.宴を営むには多くの人間の働きが必要だった:
「料理人は下男を連れていて、パリでは金貨2フラン(給料+‘心付け’)の収入を得られた」
「ドアの番をする健康かつ頑丈な案内係」
「帳簿の計算をする書記」
「パン切り人」
「水運び人」
「台所の食器棚から平皿(プレート)や深皿(ディッシュ)を取り出す従者2人」
「『スプーンや杯を出す、客に葡萄酒を注ぐ』ために広間の食器台(ドレッサー)で働く2人」
「下男が取り出す葡萄酒を振る舞う食器室の2人」
「2人の家令は主賓席に『銀の塩壺,大きな金メッキの酒杯4つ』、さらに『4ダースの台付き杯,4ダースのスプーン,鑞の水差し,慈善用のカップ,砂糖菓子の深皿』を並べ、それから客をそれぞれの場所に案内する」
「各テーブルには給仕頭1人・給仕2人がついている」
「客に花の冠を付ける少女」
「敷布を準備して花嫁の寝床を整える女」
「洗濯女」

【様々な準備】
 J.床には、菫や青い草を撒き散らし、部屋は山査子の枝で飾る(これらは全て朝早くに市場で買う)
 K.晩餐は「踊り,歌,葡萄酒,香辛料,燃えるたいまつ」で終わる。そこで「たいまつ,ロウソク,晩餐の食卓に用いる小さいロウソク,壁に取り付けた燭台,客が行列に使う大たいまつ」を十分用意した
 L.招いた吟遊詩人には金貨8フランと、食事の間にスプーンなどを贈る。客を喜ばせるために、彼の演目以外にも曲芸・道化芝居が行われた


(6)市民の妻の1日

【早朝】
 A.朝は現代の婦人よりも早く(ただし朝課を唱えなければならない修道女ほどは早くなく)起床した。顔と手を簡単に洗うと(毎日洗ったわけではないかも?)お祈りを唱えてから、きっちりと身仕度を整えた
 B.そこからベキン修道女会出身の家庭教師兼家政婦(デューエンナ)と一緒にミサに出掛けた。目は地面を見つめ(作法よりは低い目線)、彩色ある小祈祷書の上にいつも手を重ねていた。ミサでは多分告解も済ませた

【朝から昼】
 C.ミサから帰ってくると、召使いたちは各自の仕事(広間と部屋の掃除,埃を払う,クッションや掛け布団をはたく,整頓)を済ませていた。妻は仕事ぶりを確認し、執事に正餐と晩餐のことを命令した。さらにデューエンナに愛犬と小鳥の世話を頼む
 D.田舎の屋敷にいる期間だと、畑で飼う動物の世話をしなければならないので、デューエンナが羊飼い・牛飼い・乳牛の世話係・乳搾り係・家禽小屋の世話係を監督した
 E.町の家にいる時には、妻は小間使いと一緒に、衣服・毛皮を大きな長持ちから取り出して、庭園・中庭で広げて陽に当てることで虫干しをした。小さい杖で叩きながら静かな風の中でパタパタとはたき、シミ・汚れを取り除き、鋭い目つきですばしっこい蚤や蛾を捕らえた

【昼間】
 F.正餐はだいたい午前10時頃だった。妻は自分の食事後、召使いたちが食事をしたかどうかを注意し、それからは有閑の貴婦人となってゆっくりと過ごした。田舎にいる時には「近所の愉快な仲間(※どういった連中なんだろうか?)と馬に乗って鷹狩りに出掛ける」、冬の日などに町でいる時は「同年輩の若い既婚婦人と一緒に楽しく遊び騒ぎ、炉の傍で謎なぞ遊びをする」などして過ごした
 G.彼女が一番好きだったのは「庭を歩き回って、菫・アラセイトウ・バラ・タイム(タチジャコウ草)・ローズマリー(マンネンロウ)などの花で花環を編む」「季節の木の実を採る(彼女は木苺やさくらんぼが好きだった)」「野菜作りの百姓からカボチャの植え付けについて大事な注意を聞く(*)」などだった
*“4月には大切に水をやって移植すること”など。野菜作りの百姓たちはカボチャを本当に大事にしており、彼らは雇い主の希望通り、できる限りの世話をカボチャにしてきた
 H.庭仕事にも飽きると、彼女はデューエンナや小間使いを集める。みんなで広間の彫刻がある梁の下に座って「主人の胴着を修繕する」「『家族の礼拝堂付きの神父の法衣,壁掛け』の刺繍をする」「ただ糸を紡ぐ」などをした。彼女はその間、教訓話などを皆に聞かせた(その内容は夫の手による教訓書に書かれていた。夫も違ったところから引用していたのだった)

【夕方から夜】
 I.大事な夫が帰ってくる(※彼は公証人などの書く仕事なのだろうか?)。妻は「夫の足を洗う湯を入れたたらい,彼がくつろぐための履き心地の良い靴」を持って駆け回った。そして彼の話を聞いて、1日の労働をねぎらった
 J.それから2人だけの食事が始まる。夫は鶴の焼き肉やブラン・マンジェに舌鼓を打ち、妻はウェファースをかじる。それから黄昏のひと時をおしゃべりして過ごした。彼女は“小間使いの娘が仕立て屋の小僧と、道路に面した低窓越しに喋っていたが、あのバカな小間使いを一体どうしたらいいのか”と夫に尋ねるのだった
 K.夜になると、2人で家の中を一巡し、全ての戸に鍵を掛け、召使いたちがみんなきちんと床についたかを見回る。それから2人は寝るのだった