今夜は、とてもとても大切な人の話をしようと思います。


非常に長文ですので、お疲れ気味の方は、どうぞスルーしてください。








彼女は、今年84歳になります。


出会いは、大学生の頃、オトナの人に連れて行ってもらったショットバー。


彼女は、カウンターの向こう側で静かに笑っていました。


店じゅうに山の写真が貼ってある、小さな小さなお店。


長いカウンターと席は詰め込んで7人座れるかな?ぐらいのところで。


名前は、「山小屋」。


お世辞にもおしゃれな感じではなくて。


でも、とてもあたたかい場所。


山が大好きな学生や研究者、サラリーマン、主婦・・・いろんな人が集っていました。


きっと、おばちゃんの優しさに触れるために。








ハタチの頃からですから、ちょうど15年になります。


私は、今も昔も、人に甘えるのが下手で。


親きょうだいや友人、好きな人にも自分を見せるのに臆病です。


でも、一方でとても人の温かさに飢えていて。


困ったものです。


アンバランスな自分の心を持て余していました。


そんな時に、おばちゃんには、何も言わないながらも、いつもいつも優しい顔で見守ってもらいました。


叱咤激励とか、そういうことはないまでも。


べったりとした付き合いはありませんでしたが・・・。


そこに行けば必ず会える。


そんな安心感が、私を強く支えてくれていました。


ときどき手紙を書いたり、おばちゃんから電話をもらったり。


とてもとてもありがたかったです。






その後、私は大学時代の土地を離れ、実家に戻り就職。


結婚しました。


それからも、年に1.2回ですが、山小屋を訪れていました。


そして、2007年1月。


おばちゃんは、「山小屋」を店じまいしました。


お店の老朽化がすすみ、彼女自身の体調不安もありました。


あれから、もうすぐ2年。


お店はそのままの形で残っていますが、彼女はもうそこにはいません。






店じまいをする時に、新しい住所を聞きました。


彼女は、教えてはくれませんでした。


「私の人生は、もう長くないよ。 


きっと、普通のつきあいも出来なくなると思う。


ここを去るに当たって、だれにも住所は言わないと決めたのよ。


私の勝手を許してくれるなら。


私がまた電話するよ。 携帯で話が出来る間は、お話させて。


みんなの幸せを心から祈ってるから。」







たいくんがおなかに授かった時も。


とてもとても、よろこんでくれました。


私も、一番に伝えたい人でした。


「私に生きる勇気をくれてありがとう。」


「私に、ひ孫が生まれるね。」


「自分と赤ちゃんと旦那さんのことを。 大事に大事にしなさいよ。」


繰り返し繰り返し、電話をくれました。


でも、妊娠6ヶ月ぐらいから、ぷつっと電話がなくなって。


おばちゃんが体調を崩したのだと思いました。


私は妊娠7ヶ月で緊急入院・出産。


そして、たいくんはお空に行ってしまいました。

おばちゃんには、告げる勇気がないまま。


いつも鳴っていた携帯電話は鳴らないまま。


何ヶ月かが経ち、5月の予定日の頃に一度だけ電話を鳴らしました。


でも、いつもならすぐかかってくる折り返しの電話はならず。


どうしていいのかわからずにいました。






そして、つい最近。


おばちゃんからの電話がありました。


持病の悪化、肺炎・・・かなりきびしい状態をなんとか潜り抜けたよ、と。


やっと電話できるようになったよ、と。


とても優しい声で。


「赤ちゃん、もし起きてたら。 声を聞かせてくれる?


それだけを楽しみにしてたんだよ。」


何も言えなかった。


あの時は、ちゃんと言おう。


たいくんのことを伝えよう、と思っていたのに・・・。


元気に泣いている声を聞かせてはあげられない。


そう思うと、なかなかコトバが出ませんでした。

とっさに、うそをついたほうがいいのかも知れない、とも思いました。


でも、少しずつ話しました。


おばちゃんは、言葉少なにこう言いました。


「あんたが無事でよかった。


あんたの声が聞けてよかった。 


残念だけど・・・。 本当に残念だけど・・・。


でも、生きるって難しいね。 難しいけど生きて行こうね。


頑張るのよ。 一生懸命生きるのよ。」


おばちゃんの一言一言が胸に染みて、


「うん。 ありがとう。」


って言うのがやっとでした。


そして、おばちゃんとおばちゃんのご家族の近況や、共通の知り合いの話をしました。


おばちゃんは、懐かしそうに聞いていました。


そして、さよならを言って電話を切りました。


私は、さよならを言うのがとても苦手ですが、


この電話が最後になるかもしれないと、お互いいつも思っているから。


必ずさよならを言うようにしています。







私は、いつもおんぶに抱っこで甘えてばかりで。


おばちゃんがしんどい時に何もしてはあげられない。


でも、今の自分が出来るのは、一生懸命生きることだけ。


そう思っています。


自分が人間的に成長して、誰かの支えになれる日が来たら、


おばちゃんみたいに心で寄り添ってあげられるようになりたい。


うれしい時や楽しい時だけではなくて、


つらい時やかなしい時にも、


すぐそばにいてくれると感じられるような人になりたい。


でも、まだまだ、そんな風にはなれないから。


もう少しだけ、おばちゃん見守っていてね。


このブログを見ていることは無いだろうけど、


でも、おばちゃんが健康で心安らかでいられるように心から祈ってるからね。








今回は、特定の相手への一方的なブログになりました。


長文を読んでいただいた方、ありがとうございました。