中高生の頃の
「死ぬほど○○○○したい!」
っていう欲望。
重松清さんが自著の中で書いていたこと。
確かに!
あれくらいのエネルギーと気迫、思いって成人してから
社会人になってから、
段々と会社や社会に飼い慣らされてきてから
段々となのかある日突然なのかわかりませんが
とにかくないですね。
「○○○○」ってのは、何でもよくて
とにかく「死ぬほど!」なんですよね。
いろいろなことを知れば知るほど、情熱が冷めていくのはなぜでしょう。
それはきっとスイッチが「冷」「COOL」になってるからではないか?
じゃあ、そのスイッチを「温」「HOT」にすればいのではないか?
そして知れば知るほど、関われば関わるほど、「死ぬほど!」それをしたくなる。
もっとやりたくなる。もっと知りたくなる。もっとぶちかましたくなる・・・・って方にスイッチオン!
あ、息子の野球に対する情熱がそうですね。
時々アホコーチに虐待されて
(怒鳴り散らす指導は虐待です)
冷めちゃってますけど、それでも上手くなりたい!野球をやりたい!知りたい!っていう情熱は
まさにHOT!
中高生の時の性欲そのもの!死ぬほど野球やりたい!
「大人になること」は現実を知ること、妥協すること、冷めること・・・・
・・・・・だったら大人にならなくていい!
ずっと子供でいい!
子供の時の、少年の時のめくるめく快感を妄想するだけでめくるめく快感が
電流のように流れるようなエネルギー、情熱!
・・・・をもって生きていきたい!
・・・・・・・・・・・・って考えてたら、急に目先の仕事がどーでもよくなってきて
目の前にいる人がアホに見えてきて
早く帰宅したくなるのはどうしてでしょうか。
自分にとって「死ぬほど○○○○したい!」の
「○○○○」は何なのか?
・・・・・・・・・・・・・・・・
あ、取りあえず、コイツの口をふさぎたいとか
この仕事やめたいとかそういう後向きな「死ぬほど!」をまずは吐き出して
リセットする週末にしようと思います。
さ、猛暑、猛暑。
明日もグランド。
私は今夜は9時に就寝したい派です。
明朝は4時台に起床して、元気よく朝食及びお弁当作りをしたい。
元気です。
「黙ってろ!」って、ピシャリと言いたい瞬間より