詩菜(シーナ)さんのプロフィールページ

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「依存」と一言で言っても解釈はいろいろある。


最近の自分は相手に対して

「依存させている」

と言った状態。


聞こえはきっと悪いだろう。

でも、敢えて依存させている。


勿論、依存する要素のある者でなければ

依存はしない。

また、一人に依存し続ける要素のある者

逆に依存対象が変わる要素がある者


「依存」と言っても様々である。


今の自分は相手に「依存させている」

相手は私に依存している状態だと言える。


そう、これから先ずっと

「依存しては来ない」と言う前提で

敢えて「依存させている」


では、何故依存させているのか。


それは、今その相手にとって必要な知識や学びを吸収してもらう為。

相手は事あるごとに質問、状況、感情すらもこちらへと向けてくる


その都度、相手に合わせた返答を返し

納得したり、喜んでもらうなど。

相手がプラスへと転じるようにこっそり

している。


そして、相手が私を必要としなくなる。

そんな時期が必ず来ると考えている。


必要なものを身に着けて、次に私ではない者へと対象が変わるだろう。


そうすれば、私と相手はより対等な関係で居られるなら尚良しと考えている。



ここまで書いた内容を踏まえ、

もしも、自分が相手に依存されてることに気が付かない場合。


きっと、共依存になるかもしれない。


すると、いつか相手が自分から離れていく姿を寂しく感じたり、誰かに相手を取られたと考えるなど負へと落ちるかもしれない。


けれど、自分がある意味の自立をしていれば、相手を見極める力も養い、相手との線引きもできるようになるかもしれない。


相手の姿を見させて頂きながら

自分も又、学ばせて頂いていることを忘れてはならない。


最後に一言

「依存させている」は

「依存してくるのを敢えて許している」

とも言えるのではないだろうか・・・