ちょっと呟き。ー仕事・育児・家族・家ー -8ページ目

ちょっと呟き。ー仕事・育児・家族・家ー

ワーキングマザーは忙しい!

でもだからゆったり構えたい。
現実は嵐のようにバタバタしてても、
心は木漏れ日の森の様に、しっとりゆったりしていたい。

そんな理想に近づきたくて、日記を綴ることで自分を見つめてみようと思っています。

ちょっと前まで、

「生きづらい」
「生きにくい」

という言葉を知りませんでした。



私は、自分自身の考え方によって、
この人生をとっても生きにくいものにしていたようです。



自分自身の考え方って、
小さな改善改良はあっても、
抜本的な改革って、あんまりできないですよね。


だって、
自分で、自分を、
まずは客観的に見る必要がありますもん。


良くも、悪くも、
感情的主観を入れずに見るのって、
中々できる人、いないんじゃないでしょうか。

きっと少ないその域に達した人たちは、心穏やかに大きく構えていることでしょう。


少々の事で動じず。
主観を持っても、ごり押しせず。
相手の主観や個性をちゃんと客観的に見て認める。
事態も同様の冷静さで対処できる。



私が自分自身の人生を生きにくくしてたのは、
自分の主観しか見えておらず、ごり押しし、
相手の主観も個性も、
自分の依存心も、
見ようとしなかったからです。




自分の依存心とは、
誰かに頼るということもそうですが、
私がもっと強かったのは
「比較」「競争」
の気持ちが強かったことです。


私は、私以上の何者でもないのに、
私自身で自分の立ち位置を、勝手に作り出すんです。


誰よりもどうだ、って。



これがあると、
とても生きにくい。

事や物に執着して生きるのは、
常に心が枯渇して、満たされない。


順位や評価や周囲の目が、
気になって仕方がない。


主観が思考のメインになってくると、
「自分が正しい」
「相手がおかしい」
と、主観のごり押しが止まらない。



解り合えるわけも、
納得してもらうことも出来ず。


ケンカや気まずい状態が続くのに、
相手を見ずに自分だけを見ている、という自分の傲慢さに気づけないから、
よい方向になど行くわけもなく。


解決したように思っている場合は、
相手の広い心により、自分の主観を全面的に受け入れてもらっているだけなのに。
それで相手は傷ついていることも知らず。

そんなんで根本から良好な関係なんて構築出来るわけもなく。




そりゃ、生きにくいですよね。





生きにくさも、
上記のやり方で限界を迎えると、全部自分に還ってくるんです。
今までの報いが。


いつも抱えていた、
依存心や執着から来る、
「生きにくさ」。


「自分をわかってくれない」

不平不満のオンパレード。


繰り返していたら、
誰も本当にわかってくれなくなります。

だって、自分も周囲を見ていないんですもん、相手だって見てくれなくなりますよ。




たーくさんの経験が、
私の角を磨いてくれました。

私のトゲが、
私を刺して、
気づかせてくれました。



考え方も変わりました。
主観を見極め、
相手を見る。
その為に、執着や依存心を無くす。


そんなこんなで、
「生きづらい」
「生きにくい」
と言う状態だった自分自身を知りました。




皆さんもこうやって苦しんでいるのでしょうか。

今、苦しいけど、
成長を目指す自分が、
いとおしいです。




ずっとフォローしてくれた、
旦那に感謝。



Android携帯からの投稿
昨日、高円寺の阿波おどりに行ってきました。





いやー、
今回も娘が喜んで(^3^)

「やっとやっとお姉さーん♪イター!」

と。


ずっと手を上げて、
絶対に痛い(慣れない私は)だろうし、三時間も躍り続けて、しんどいだろーなー、って思うのですが、

きっと躍り手さん達は、夢中で踊っているんだなーと、
羨ましい気持ちも混じって、見てました。



なにかに夢中になるのは楽しそう♪

生きてる醍醐味を十分に味わってそうで(^-^)



Android携帯からの投稿
以前、いつもお風呂場で、

「あっちいくーっ」
(脱衣場に行くー)

と、お風呂大嫌いって時が続いたので、

「じゃ、10まで数えたら出ようか」

と、シャンプー終わって超絶不機嫌な娘を、指折りながらあやしていました。

数を教える、
と言った事ではなく、
手遊び歌のような感覚でやっていたんですが、
とってもそれが楽しかったみたいで、
それをやると、よっぽどご機嫌ななめでない限り、ちゃんと10までは湯船につかってくれてました。


夏になり、
保育園でプールが始まると、
水やシャワーが顔にかかっても騒がなくなり、
お風呂も自ら
「さっぱりーするの」
と言って入ってくれてたんで、
それ以来数を数えていませんでした。


たまーにノンタンの絵本で数を数えることがあり、
間違える娘に、教えたりを稀にするくらい。


で、昨日。

お風呂を出るとき、
ふと、
「数数えてからでてね」
と言いました。私が。

数数えてね、でわかんのかなー?
って思ったんですが、

体を肩までお湯に沈めて、
「いちにーさーんよーんごーろーくなーなはーちきゅーじゅー」
と数えました。


ちょっとビックリぼーぜんで、
固まったあと、
何だかこっちを見て得意気に何かを待っている我が子を見て、

「う、ウワーッ、スッゴーい!」

で気分を良くした娘は
もう一回。




子供は本当に良くみてる。


私が
「ありがとう」
といえば、いつの間にか
「どういたしまして」
と言うようになり、

お店にはいれば、
「すいませーーん」
と店員さんを呼び、

私が咳き込めば、
「大丈夫?」
と聞き、

私がデンタルフロスを使えば、
指に巻き付けて歯間にいれて左右に動かす真似をし、

パパの仕事は?
と聞くと、
「ねんね」
(夜仕事する場合、朝寝てるから)
と、変な推測まではいる。





一才十ヶ月って、大きくなったなぁ。

娘の為にも、迂闊なふるまいは出来ないと、心に誓う日々です。




Android携帯からの投稿